『ハミルトン』に登場する、ヘラクレス・マリガンとはどんな人?

ミュージカル『ハミルトン(Hamilton)』より“Alexander Hamilton”の英語歌詞を見てみると、ヘラクレス・マリガンが“We fought with him(俺たちは共に戦った)”と歌っていることが分かります。

今回は、ラファイエットがどのような人物だったのかを紹介しますよ。

【ブロードウェイミュージカル“Hamilton”/“Alexander Hamilton”/作詞:Lin-Manuel Miranda】

ヘラクレス・マリガンとは

ヘラクレス・マリガン…『ハミルトン』の音楽では「ハーキュリーズ・ムリガン」と聞こえるのですが、日本語的には「ヘラクレス・マリガン」らしい。…といっても、案外彼に関する情報が日本語で書かれていなかったので、私が調べた範囲で分かったことをまとめます。(もし、歴史に詳しい方がいらっしゃったら、是非コメントを残してくださいね。)

ヘラクレス・マリガンは、アイルランド系アメリカ人で、仕立て屋の息子だったそうです。

 

Hercules Mulligan (September 25, 1740 – March 4, 1825) was an Irish-American tailor and spy during the American Revolutionary War. He was a member of the Sons of Liberty.
Hercules Mulligan(wikipedia)

 

そして“Sons of Liberty(自由の息子たち)”のメンバーでもありました。「自由の息子たち」とはどのようなものなのでしょうか?初耳ですね…

 

自由の息子達(じゆうのむすこたち、英語: Sons of Liberty)とは、アメリカ独立戦争以前における北米13植民地の愛国急進派の通称であり、やがてこの名を冠した市民組織が各地で結成され、独立革命に一定の役割を果たした。
自由の息子たち(wikipedia)

 

ほぅ、なるほど。ということは、独立に際してアメリカへの愛国心を持った若者たちということなんでしょう。

 

Born in Ireland to Hugh and Sarah Mulligan, Hercules Mulligan and his family emigrated to North America in 1746, settling in New York City. Mulligan attended King’s College (now Columbia University) in New York City. After graduating, Mulligan worked as a clerk for his father’s accounting business. He later went on to open a tailoring and haberdashery business, catering to wealthy British Crown force officers.
Hercules Mulligan(wikipedia)

 

マリガンは1746年に北米へ移住し、ニューヨークで生活していたようです。ハミルトンが通っていたキングス・カレッジ(現在のコロンビア大学)に通っており、卒業後は父親の仕事を会計士として手伝っていましたが、その後裕福なイギリス軍人を相手にした、イギリスのその後仕立て業と紳士装飾品を扱う仕事を始めたようです。

また、アメリカ独立戦争時にはスパイでもあったそうですね。…ん?スパイ?そうなの?

 

an Irish tailor named Hercules Mulligan, who became a spy for the Patriot cause during the Revolutionary War, as well as fellow students at King’s college. During the War, he befriended the Maquis de Lafayette and a number of others with whom he served.
The Hamilton Cookbook: Cooking, Eating, and Entertaining in Hamilton’s World [ Laura Kumin ](p.9)

 

ヘラクレス・マリガンは、独立戦争自体にキングス・カレッジの同級生らと共にスパイになったそうです。聞いた話によると、ジョージ・ワシントン殺害を画策されていたところ、彼らのスパイ活動によって阻止されたようですから、なかなかの活躍ぶりですよね。

作品内からも分かる通り、ラファイエットとも仲が良いそうです。

 

 

ハミルトンとの関係

では、マリガンとハミルトンの関係はどのようなものだったのでしょうか?

 

Mulligan was introduced to Alexander Hamilton shortly after Hamilton arrived in New York. The men were introduced by Mulligan’s brother, Hugh; Mulligan also knew the Crugers, for whom Hamilton had clerked in St. Croix. Mulligan helped Hamilton enroll at the Elizabethtown Academy in New Jersey, and later, the College of New Jersey at Princeton (now Princeton University). After Hamilton enrolled at King’s College, he lived with Mulligan in New York City. Mulligan had a profound impact on Hamilton’s desire for revolution.
Hercules Mulligan(wikipedia)

 

ハミルトンがニューヨークへ来た直後、マリガンは自分の兄弟によってハミルトンを紹介されたそうです。また、ハミルトンがキングス・カレッジに入学した後、マリガンとハミルトンはニューヨークで共に生活をしていたとのことなので、とても近しい間柄にあったと見受けられます。

 

While staying with the Mulligan family, Alexander Hamilton came to share Mulligan’s views. Initially siding with the British before coming to New York, Hamilton was persuaded to change his views and joined the Sons of Liberty. As a result, Hamilton wrote an essay in 1775 in favor of independence. When George Washington spoke of his need for reliable information from within New York City in 1776, after the Continental Army was driven out, Hamilton recommended Mulligan due to his placement as tailor to British soldiers and officers.
Hercules Mulligan(wikipedia)

 

ハミルトンがマリガンの家族と共に生活していた際、ハミルトンはマリガンによって、「自由の息子たち」への考え方を変え、加わることにし、その結果1775年にハミルトンはエッセイを書き上げています。そして、ジョージ・ワシントンが信用のある情報提供をニューヨークから求めた際(1776年)、ムリガンがイギリス人に対する仕立て屋の商売をしているという理由から、ハミルトンは彼を推薦したようです。

これが、スパイ活動の一環なのかもしれませんね。彼に付いての詳しい情報を見つけたら、また追記します!

 


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