あきかんのプロフィール②新卒~劇団四季

みなさん、こんにちは。

ミュージカル英語歌詞の解説サイト“LOVE performing arts”の管理人、あきかんです。

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これからも地道に記事をアップしていきますので、サイト内を探検してどんどん歌詞の理解を深めて下さいね。

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さて、よくこんな質問を頂きます:

 

「舞台芸術の勉強をされていたんですか?」
「劇団四季にいたんですか?」
「劇団四季では何をされていたんですか?」
「舞台の道に進みたいのですが進路の相談をしても良いですか?」

 

そんな皆様の疑問・質問を解消すべく、プロフィールページを設立致しました。少し長くなりますが、「あきかんってどんな人?」を項目に分けて自己紹介させて頂きます。興味を持って下さる方、お読み頂けると嬉しいです。

学生時代のプロフィールはこちらからご確認下さい。

 

★記事のリクエストや進路相談は随時受け付けております。お気軽にお問い合わせ下さい。(お返事まで少々お時間は頂きますが、必ずご返信致します。)

 

★よくある質問についてはFAQにてアップしておりますので、併せてご確認下さいませ。→ FAQ

 

暗黒の就職活動

私の場合、すぐに劇団四季に入社した訳ではありませんでした。

というよりも、そもそも就職活動というものをしていなかったのです。どこか他人事で、「まぁ、就職出来るだろう」という甘い考えも手伝い、本腰を入れたのは3年生の後半。最終面接まで行っている人、内定をもらっている人が出はじめて初めて不安になったんですね。

着なれないスーツを身にまとい、黒いヒールで都会を歩き回る慣れない生活が続きました。とりあえず、見聞きしたことのある企業の会社説明会に行き、応募をして、落ち、飽和する情報の中から企業を見つけて、足を運び、また応募をする。その繰り返しの日々でした。

何度も選考に落ち、面接に落ち、圧迫面接も受けました。就職活動を甘く見ていた自分を非難すると同時に、芸術を学んでいた経験というのはこれほどまでに無力なのか…と頭をよぎることもありました。

でも言い方を変えれば、私が自分の経歴を活かせる企業に応募をしていなかったとも言えます。何故なら四季にも東宝にも応募していなかったんです。現在の学生が見れば「ただのバカ」と思うでしょう。しかし、大学の実習にも慣れることができなかった私は、正直自信をなくしていたのです。

そうして悶々とした日々が続きましたが、この経験がその後の人生で役立つとは思ってもみませんでした…

 

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辛かったアパレル業界

新卒で大手アパレル会社に入社

そんなこんなで最終的に合格出来たのは、意外にも大手のアパレル企業でした。販売員の秋採用で新卒を募集しており、滑り込みで合格できた…という訳です。

今まで行ってきたアルバイトが全て接客業だったため、販売員も出来るだろう…と簡単に考えていましたね。どんな業界かイメージもありませんでしたし、さほどファッションに興味関心があった訳ではありません。とはいえ、服飾とはある一種の芸術ですし、全く芸術に関わりのない仕事をするよりは良い…と考え入社します。

同期の中には、服飾系の専門学校生、短大生、そして四大生といて9割が女性でしたね。そんな私たちは共に1ヶ月程研修を受け、配属が決まります。

良い意味でも悪い意味でも物事をそつなくこなす私は、きっと面接でも研修でも好印象だったのでしょう。「四大卒業見込みで、落ち着いていて、目上の人への対応もしっかりしている」…そんな私が配属になったのは新宿伊勢丹の30~50代マダム向けのファッションブランドでした。

期待されているんだろうなと思いましたし、これは会社的に言えばエリートコースなのだろうとも思いました。しかし、それが私には向かなかったんですね。

 

4ヶ月で退社

5月から実店舗への勤務が開始しましたが、今までお客様として来たこともない伊勢丹の様子にはかなり戸惑いました。ドレスもあるような華やかなフロアでしたが、従業員専用の扉を抜ければ段ボール、服、ハンガーラックの山、山、山。圧倒されましたね。舞台裏…とも言えますが、舞台袖とは全く違う印象で、私にとっては別世界に来たなという感覚でした。

さほど大きくもない店舗に配属された新卒は私1人で、勤務しているのは店長を含め7人ほど。もちろん全て女性です。

そこでどんなことをしたか…それを話し始めるとキリが無いのですが、ざっとこんなようなことです。

 

  • フロアの全体朝礼時に売上報告、昨対比の報告、共有
  • 休憩時間に商品の在庫管理
  • 在庫が足りなくなったら別館から持ってくる
  • お客様にDMを書く
  • セールイベントに参加(伊勢丹内外)
  • 先輩の顧客対応時に色違いやサイズ違いの在庫を持ってくる
  • 3ヶ月目から月予算は100万円

 

ここまではまだ普通です。本当にスゴイのはここからなんです…。

 

  • 先輩の私物のバッグを覚え、一緒にお昼に行く時はバッグを手渡しして食堂へ向かう。
    その際、分厚い在庫管理表は自分が持ち、午前中に売り上げたタグも持って行く。
    →つまりは、カバン持ち?
  • 食堂についたら先輩がお昼を準備している間に、お茶等の用意をする
    →誰がどんなお茶が好きか、ホットかアイスか記憶する必要有
  • 食堂で早々に昼食を済ませ、在庫管理表に売り上げを記入していく
    →昼休みがないも同じ
  • 遅番の際はゴミを売上管理をした後、ゴミをまとめ、ゴミ捨てへ。
    その後、同じく遅番の人のタイムカードを先に切って従業員出入口で待っている。
    →先輩達がすぐ降りてくればいいが、大抵の場合、駄話をしておりなかなか降りてこない。
  • 店長の上顧客と仲良く話しをしていたら、お客様がお帰りになった後、店長に怒られた。
    →上顧客だと説明も受けておらず、何か悪いことを言ったわけでもなしに「私のお客様をとるな」と。

 

今思い出しただけでもざっとこんな感じですから、よ~く思い出せばまだまだあるでしょう(苦笑)

とにかく辛かったです。

何も考えずとにかく「ハイハイ」と言ってやっていれば可愛かったでしょうし、辛い思いをすることもなかったかもしれません。でも私はそういう器用な人間ではなかったので、心が蝕まれていきました。自発的にならばできることも、強制的にやれと言われればできることも出来なくなります。

そしてとうとう体が悲鳴を上げ、たった4ヶ月で退社することになりました。

 

 

劇団四季時代

劇団四季に応募したきっかけ

新卒で入社した大手企業…しかも成長を期待されていながら、私は退社しました。

これからが思いやられると感じながらも、私がたった4ヶ月で経験してきたことを1年、5年、10年と続けていく気持ちはありませんでしたし、何よりも続けるのが嫌でした。

辞める時、店舗担当の営業マンに言われた言葉があります。「君には他の誰よりも期待をしているのに、それでは負け組だよ」と。その時思いましたね、「勝ち組」「負け組」とは何なのだろうかと。自分が成長したいと思わない場所で勝ちも負けもないですし、そもそも人生に勝ち負けなどない。そして何よりも、自分の幸せは自分が決めるものなのだから…と。そう気付いてから、少し楽になりました。

8月上旬に辞めた私は、とりあえず収入をつなぐためにアルバイトをしようと調べ始めます。そんな時に見つけたのが劇団四季『横浜CATSシアター』劇場スタッフの募集です。

 

横浜CATSシアターのこけら落とし

まさか、こんなタイミングで自分が専攻してきた舞台関係の仕事を見つけられるとは夢にも思いませんでした。正直熱烈な劇団四季ファンというわけでもなかったですし、贔屓にしている俳優がいたわけでもありません。でも、私が幼い時に観て感動した『CATS』に関われるということだけが自分の背中を押しました。アルバイト採用でしたが、重要なのは雇用形態ではなく何をするかです。早速応募し、有難いことに採用されます。

劇場は建設中だったため、浜松町の稽古場で接客の研修を受け、通年上演されている春劇場の『ライオンキング』で実習を1ヶ月ほど行いました。アパレル販売員の時とは異なり数字のノルマはありませんが、作品を楽しみにいらしゃっているお客様の気分を害すことのないようお迎えし、お見送りをする。それに尽きるのがこの仕事です。

熱狂的な方、初観劇の方、学生の団体、ツアーの団体、小さなお子様、ハンディキャップの方、そして外国人のお客様と客層は本当に広いんですね。

そういったお客様をお迎えする上で、いかに私たちスタッフが目立たず、でも必要な時に目に留まる人間として頼って頂けるか…そういったことを常に念頭に置いて常に仕事をしていました。

入社から2ヶ月ほど経って、初めて横浜で現場研修が始まります。自分のポジションもある程度決まり、最後の追い込みといった感じの2ヶ月間でした。何もかもが新しい劇場で、自分たちで考えて行動しければいけなかったですし、俳優の出入りも増えてきた時期だったので、ほどよい緊張感がありましたです。

スタッフごと、ポジションごとでに主張が異なることもありまし、想定通りに行かない事もありましたが、検証に検証を重ね、無事こけら落としを迎えます。

 

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自由劇場への異動

初めのうちはいっぱいいっぱいで、頭では分かっていてもなかなか実践できない事も多かったのですが、半年程経ち、だいぶ日々の仕事にも慣れてきた頃異動の話しを頂きました。

移動先は浜松町にある自由劇場。話を頂いたのは、私とその時同志として切磋琢磨していた同期の2人だけ。立ち上げから関わったCATSシアターには大変な思い入れがありました。でも、異動というのは全員に与えられたチャンスではありませんし、新しい環境で新しい経験が出来ると信じ移動を受け入れます。

CATSシアターと比べると自由劇場の観客収容数もぐっと減りますし、劇場も非常にこじんまりしています。でも、だからこそよりスタッフの連携が密でした。10名弱の人数で社歴の長いスタッフの方も多く、同期と切磋琢磨していたCATS時代とは打って変わって、先輩から多く学ぶことがありました。私たちは通常インカムを使って仕事をするのですが、インカムを必要としないくらいの信頼感がお互いにありましたね。

自由劇場は約1ヶ月程で作品が入れ変わるのですが、入れ変わる毎に俳優の導線確認や、ゲネプロの立会いなどに参加していました。作品の入れ変えは7~10日程かかりますが、その全てはもちろん出勤。かなり夜遅くまで準備をしていたこともあります。シリアスな作品からファミリー向け、ファミリー向けからストレートプレイと携わる作品は様々でしたが、それごとに変わる客層を、私なりに楽しんでいましたね。

また指名を受け、日生劇場での「こころの劇場」にも関わったことも。劇場を借りて公演を行う際の礼儀やルール、構造やシステムを肌で勉強できました。たった1ヶ月の経験でしたが、これは非常に貴重な機会を頂いたと感じています。

 

 

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社員昇格のチャンス

そんな経験を経て、自分も後輩を教えるようなポジションになっていた頃昇格のお話しを頂いたんです。本当に有難いなと思いました。頭で意識していた訳ではないですが、日々自分の納得がいくまで仕事に向き合ってきたことが実を結んだと感じたからです。また、同時期に異動してきた同期も声がかかっていると分かりました。

昇格となると、劇場当番(通称、劇当)の補佐的役割になります。劇場当番というのは、劇場スタッフの取りまとめ役で、お客様に直接関わる立場の責任者です。また舞台監督とやりとりを行い、作品が安全に進行出来るよう情報交換を行ったりもします。とてもやりがいのある仕事だということは分かっていました。

しかし不思議なものですね、私はそれを断ったのです。

アルバイトでさえ週1日しか休みがなく、仕事がある日はプライベートの時間はほとんどありません。社員となれば尚更です。層なった時に、今後の自分の人生で仕事に比重を置くか、プライベートに比重を置くかといったら、私は後者を選びたいと思いました。

結婚を考えていた事もありましたし、家族や友達とご飯に行ったり旅行をしたりするそんな時間が恋しくなってしまったんですね。芸術の勉強をして、そんなチャンスを目の前にしてありえない…と思うかもしれませんが、私はそういう判断をしたのです。

そして転職を決意しました。劇団四季での勤務はたった1年半でしたが、非常に貴重で濃厚なものでしたね。

 

ここまでお読み頂き有難うございます!次は広告代理店での勤務していた時のプロフィールです。是非併せてお読みくださいね。

 

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