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あきかんのプロフィール②就職活動~劇団四季

このページでは、私の就職活動から劇団四季で働くに至ったプロフィールをまとめています。

就職活動の難しさ劇団四季で何をしていたかについて知ることができますので、気になる方はぜひご覧ください。

また、舞台芸術を大学で学ぶことにした理由や、舞台芸術の世界の大変さについて知りたい方は、こちらのプロフィールからご覧くださいね。

暗黒の就職活動

 

私の場合、すぐに劇団四季に入社したわけではありませんでした。

…というよりも、そもそも就職活動というものをしていなかったのです。どこか他人事で「まぁ、就職出来るだろう」という甘い考えも手伝い、本腰を入れたのは3年生の後半。最終面接まで行っている人、内定をもらっている人が出はじめて不安になり始めた時期でした。

着なれないスーツを身にまとい、黒いヒールで都会を歩き回る慣れない生活が続きました。見聞きしたことのある企業の会社説明会に行き、応募をして、落ち、飽和する情報の中から企業を見つけて、また足を運び、応募をする。その繰り返しの日々でした。

何度も選考に落ち、面接に落ち、圧迫面接も受けましたね。

就職活動を甘く見ていた自分を非難すると同時に、芸術を学んでいた経験というのはこれほどまでに無力なのか…と頭をよぎることもありました。

でも言い方を変えれば、私が自分の経歴を活かせる企業に応募をしていなかったとも言えます。何故なら四季にも東宝にも応募していなかったんです。現在の学生が見れば「ただのバカ」と思うでしょう。しかし、大学の実習にも慣れることができなかった私は、正直、こういった企業で働くことに自信をなくしていたのです。

 

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辛かったアパレル業界

新卒で大手アパレル会社に入社

 

そんなこんなで最終的に合格出来たのは、意外にも大手のアパレル企業でした。販売員の秋採用で新卒を募集しており、滑り込みで合格できた…というわけです。

今まで行ってきたアルバイトが全て接客業だったため、販売員も出来るだろう…と簡単に考えていましたね。どんな業界かイメージもありませんでしたし、さほどファッションに興味関心があったわけでもありません。とはいえ、服飾とはある一種の芸術ですし、全く芸術に関わりのない仕事をするよりは良い…と考え入社します。

同期は9割が女性で、服飾系の専門学校生、短大生、そして四大生とがいました。私たちは共に1ヶ月程研修を受け、配属が決まります。

良い意味でも悪い意味でも物事をそつなくこなす私は、きっと面接でも研修でも好印象だったのでしょう。「四大卒業見込みで、落ち着いていて、目上の人への対応もしっかりしている」…そんな私が配属になったのは新宿伊勢丹の30~50代マダム向けのファッションブランドでした。

期待されているんだろうなと思いましたし、会社的に言えばこれはエリートコースなのだろうとも思いました。

しかし、これも私には向かなかったんですね。

 

4ヶ月で退社

 

5月から実店舗への勤務が開始しましたが、今までお客様として来たこともない伊勢丹の様子にはかなり戸惑いました。ドレスもあるような華やかなフロアでしたが、従業員専用の扉を抜ければ段ボール、服、ハンガーラックの山、山、山。圧倒されましたね。舞台裏…とも言えますが、舞台袖とは全く違う印象で、別世界に来たなという感覚でした。

さほど大きくもない店舗に配属された新卒は私1人で、勤務しているのは店長を含め7人ほど。もちろん全て女性です。

そこでどんなことを経験したか…話し始めるとキリが無いのですが、ザッとこんなようなことです。まずは業務内容です。

 

・フロアの全体朝礼時に売上報告、昨対比の報告、共有

・休憩時間に商品の在庫管理

・在庫が足りなくなったら別館から持ってくる

・お客様にDMを書く

・セールイベントに参加(伊勢丹内外)

・先輩の顧客対応時に色違いやサイズ違いの在庫を持ってくる

・3ヶ月目から月予算は100万円

 

ここまではまだ普通です。本当にスゴイのはここからなんです…。職場環境が酷かった…。

 

・先輩の私物のバッグを覚え、一緒にお昼休憩に行く時は先輩にバッグを手渡ししてから食堂へ向かう。分厚い在庫管理表は自分が持ち、午前中に売り上げたタグも全て持って行く
→カバン持ちのような役割

・食堂についたら先輩がお昼を準備している間に、フリードリンクから飲み物の用意をする
→お茶汲みのような役割

・昼食は早々と済ませ、在庫管理表に在庫の更新と売上金額を記入していく
→昼休みがないも同然

・遅番の際は売上管理をした後、ゴミをまとめ、ゴミ捨てへ。その後、遅番全員のタイムカードを先に切って従業員出入口で待っている
→先輩たちは無駄話をしてなかなか降りてこない

・お客様と仲良く会話をしていたら、お帰りになった後店長に怒られる
→理由は「私のお客様をとるな」、理解不能

 

今思い出しただけでもこんな感じですから、よ~く思い出せばまだまだあるでしょう…。とにかく辛かったです。

何も考えずとにかく「ハイハイ」と言ってやっていれば可愛かったでしょうし、辛い思いをすることもなかったかもしれません。でも私はそういう器用な人間ではなかったので、心が蝕まれていきました。自発的にならばできることも、強制的にやれと言われればできることも出来なくなります。

そしてとうとう体が悲鳴を上げ、たった4ヶ月で退社することになりました。

 

 

劇団四季時代

劇団四季に応募したきっかけ

 

新卒で入社した大手企業…しかも成長を期待されていながら、私は退社しました。

これからが思いやられると感じながらも、私がたった4ヶ月で経験してきたことを1年、5年、10年と続けていく気持ちはありませんでしたし、何よりも出勤することが嫌でした。

辞める時、担当営業に言われた言葉があります。「君には他の誰よりも期待をしているのに、それでは負け組だよ」と。

その時思いましたね、「勝ち組」「負け組」とは何なのだろうかと。

自分が成長したいと思わない場所で勝ちも負けもないですし、そもそも人生に勝ち負けなどない。そして何よりも、自分の幸せは自分が決めるものなのだから…と。そう気付いてから、少し楽になりました。

8月上旬に辞めた私は、とりあえず収入をつなぐためにアルバイトをしようと調べ始めます。そんな時に見つけたのが劇団四季『横浜CATSシアター』劇場スタッフの募集です。

 

横浜CATSシアターのこけら落とし

 

まさか、こんなタイミングで自分が専攻してきた舞台関係の仕事を見つけられるとは夢にも思いませんでした。

正直、熱烈な劇団四季ファンというわけでもなかったですし、贔屓にしている俳優がいたわけでもありません。ただ、私が幼い時に観て感動した『CATS』に関われるということだけが自分の背中を押しました。アルバイト採用でしたが、重要なのは雇用形態ではなく何をするかです。早速応募し、有難いことに採用されます。

劇場は建設中だったため、浜松町の稽古場で接客の研修を受け、通年上演されている春劇場の『ライオンキング』で実習を1ヶ月ほど行いました。

アパレル販売員の時とは異なり数字のノルマはありませんが、作品を楽しみにいらしゃっているお客様の気分を害すことのないようお迎えし、お見送りをする。それに尽きるのがこの仕事です。

熱狂的な方、初観劇の方、学生の団体、ツアーの団体、小さなお子様、ハンディキャップの方、そして外国人のお客様と客層は本当に広いんですね。そういったお客様をお迎えする上で、いかに私たちスタッフが目立たず、でも必要な時に目に留まる人間として頼って頂けるか…そういったことを常に念頭に置いて常に仕事をしていました。

入社から2ヶ月ほど経って、初めて横浜で現場研修が始まります。自分のポジションもある程度決まり、最後の追い込みといった感じの2ヶ月間でした。何もかもが新しい劇場で、自分たちで考えて行動しければいけなかったですし、俳優の出入りも増えてきた時期だったので、ほどよい緊張感がありました。

スタッフごと、ポジションごとでに主張が異なることもありましたし、想定通りに行かない事もありましたが、検証に検証を重ね、無事こけら落としを迎えます。

 

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自由劇場への異動

 

初めのうちはいっぱいいっぱいで、頭では分かっていてもなかなか実践できない事も多かったのですが、半年程経ち、だいぶ日々の仕事にも慣れてきた頃異動の話しを頂きました。

異動先は浜松町にある自由劇場。話を頂いたのは、私とその時同志として切磋琢磨していた同期の2人だけ。立ち上げから関わったCATSシアターには大変な思い入れがありました。

しかし、異動というのは全員に与えられたチャンスではありませんし、新しい環境で新しい経験が出来ると信じ異動を受け入れます。

CATSシアターと比べると自由劇場の観客収容数もぐっと減りますし、劇場も非常にこじんまりしています。しかし、だからこそよりスタッフの連携が密でした。10名弱の人数で社歴の長いスタッフの方も多く、同期と切磋琢磨していたCATS時代とは打って変わって、先輩から多く学ぶことがありました。私たちは通常インカムを使って仕事をするのですが、インカムを必要としないくらいの信頼感がお互いにありましたね。

自由劇場は約1ヶ月程で作品が入れ変わるのですが、入れ変わる毎に俳優の導線確認や、ゲネプロの立会いなどに参加していました。作品の入れ変えは7~10日程かかりますが、その全てはもちろん出勤。かなり夜遅くまで準備をしていたこともあります。シリアスな作品からファミリー向け、ファミリー向けからストレートプレイと携わる作品は様々でしたが、それごとに変わる客層を、私なりに楽しんでいましたね。

また指名を受け、日生劇場での「こころの劇場」にも関わったことも。劇場を借りて公演を行う際の礼儀やルール、構造やシステムを肌で勉強できました。たった1ヶ月の経験でしたが、これは非常に貴重な機会を頂いたと感じています。

 

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社員昇格のチャンス

 

そんな経験を経て、自分も後輩を教えるようなポジションになっていた頃、昇格のお話しを頂いたんです。本当に有難いなと思いました。日々自分の納得がいくまで仕事に向き合ってきたことが実を結んだ結果だと感じました。また、同時期に異動してきた同期も声がかかっていると分かりました。

昇格となると、劇場当番(通称、劇当)の補佐的役割になります。劇場当番というのは、劇場スタッフの取りまとめ役で、お客様に直接関わる立場の責任者です。また舞台監督とやりとりを行い、作品が安全に進行出来るよう情報交換を行ったりもします。とてもやりがいのある仕事だということは分かっていました。

しかし不思議なものですね、私はそれを断ったのです。

アルバイトでさえ週1日しか休みがなく、仕事がある日はプライベートの時間はほとんどありません。社員となれば尚更です。そうなった時に、今後の自分の人生で仕事に比重を置くか、プライベートに比重を置くかといったら、私は後者を選びたいと思いました。

結婚を考えていた事もありましたし、家族や友達とご飯に行ったり旅行をしたりするそんな時間が恋しくなってしまったんですね。芸術の勉強をして、そんなチャンスを目の前にしてありえない…と思うかもしれませんが、私はそういう判断をしたのです。

そして転職を決意しました。劇団四季での勤務はたった1年半でしたが、非常に貴重で濃厚なものでしたよ。

 

ここまでお読みくださり有難うございました。

次は広告代理店に勤めていた時期についてまとめています。

引き続きお読みいただけると嬉しいです。

(執筆中)

 

また、お問い合わせの際はお気軽にご連絡くださいね。

 

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