ホリプロミュージカル『スリル・ミー(Thrill Me: The Leopold and Loeb Story)』に興味を持った方や好きな方は、この作品が実話を基にしていることをご存知かと思います。
しかし、基になっている事件が何という事件で、どの程度実話に忠実なのかは意外と知られていないのではないでしょうか?
今回は実際に起きた事件の紹介と、「スリル・ミー」がどのような意味を持つかを解説していきます。
『スリル・ミー』の解説・考察本を執筆しました!
「レオポルドとローブ事件」はどのような事件だったのか?何故「終身刑+99年」という判決だったのか?そんな疑問を解消しながら、ミュージカル『スリル・ミー』の刺激に迫る解説・考察本。
実際の事件ととミュージカルを比較しながら「実話」、「ニーチェの哲学」、「裁判」の3つの視点から作品に切り込んだ1冊。
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目次
実話「レオポルドとローブ事件」
ミュージカル『スリル・ミー(Thrill Me: The Leopold and Loeb Story)』の基になっている事件は「レオポルドとローブ事件(Leopold and Loeb Case)」と言います。
事件の詳細
事件を要点だけ押さえて説明すると、次のようになります。
- 自らを「超人」と証明するため、レオポルド(19歳)とローブ(18歳)は「完全犯罪(誘拐殺人)」を計画。
- 特別な理由なく選定されたロバート・フランクス(ボビー)は、誘拐され殺害される。
- 遺体が遺棄された場所に眼鏡が落ちていたことから、犯人にレオポルドとローブが浮上。
- レオポルドとローブは犯行を認め、逮捕される。
- 世間は死刑を想定していたが、敏腕弁護士クラレンス・ダロウが弁護を担当したことにより、2人は「終身刑+99年の刑」を言い渡される。
- ローブは服役して12年目(30歳)に、同室の囚人に襲われ死亡。
- レオポルドは25年間の服役後、1949年(45歳)に仮釈放審査委員会によって刑期が短縮され、1953年(49歳)に釈放資格を得られることとなった。
ここに挙げた事実は、全てミュージカルに反映されています。
なお、ミュージカルは「レオポルド(私)」と「ローブ(彼)」を演じる2人の俳優のみで進行しますが、被害者ボビーと弁護士ダロウは「男の子」と「弁護士」という表現で、言葉のみ登場します。
↓ 被害者:ロバート・フランクス(ボビー)
事件の犯人
「レオポルドとローブ事件」の犯人は、事件にも名前になっている2人の未成年でした。
2人はいずれも裕福な家庭に生まれたユダヤ人で、知能が高かったことで知られています。
↓ リチャード・ローブ(左)、ネイサン・レオポルド(右)
私:ネイサン・レオポルド(Nathan Freudenthal Leopold, Jr.)
ミュージカル『スリル・ミー』の「私」とは、ネイサン・レオポルドです。
『スリル・ミー』は、レオポルドの視点で「レオポルドとローブ事件」が、恋愛を軸に描かれるミュージカルと言っていいでしょう。
ミュージカルではニーチェ哲学に熱中するのは「彼(ローブ)」ですが、実際はレオポルドの方でした。
レオポルドの育ちを見てみましょう。
- ドイツから移民した両親のもとに生まれる。
- 父親(ネイサン・フロイデンソール・シニア/Nathan Freudenthal Leopold Sr.)は、富裕なユダヤ人実業家。ドイツの反ユダヤ主義を逃れ、アメリカで新たな人生を成功させた人物。
- 母親(フローレンス・G・レオポルド/Florence G. Leopold)は、レオポルドが生まれた直後に寝たきりになった。
- レオポルドは、主にドイツ出身の30代の乳母(マチルダ・ワンツ/Mathilda Wantz)によって育てられた。
- 生後わずか4ヶ月で言葉を発したと言われている。
- 15歳でシカゴ大学に入学し、その後、同大学史上最年少の卒業者となる。
- 大学でニーチェの哲学と出会う。この出会いによって、レオポルドの自尊心は刺激され、自分はクラスメイトや友人よりも遥かに賢いと認識するようになる。
- 1924年、ハーバードロースクールへの編入を夢見て、シカゴ大学のロースクールに通い始める。医学に強い関心を抱いており、弁護士でなければ医者になりたいと考えていた。
- 優れた鳥類研究者。後に”The Auk”と呼ばれる主要なアメリカ鳥類学ジャーナルに2つの論文を発表している。
レオポルドの性格的特徴は、以下が挙げられます。
実話はもちろん、ミュージカル『スリル・ミー』を観る上で特にポイントとなるのは「自分を奴隷とみなす」傾向です。
- 仲間内で遊ぶ場合は、仲間を王とし、自分を奴隷とみなした。
- 身体的劣等感と知的優越感の間で絶えず揺れ動く傾向が見られた。
- 引っ込み思案で利己的。
- よく作り話をする。
- なかなか友達を作らず、特に異性とうまく付き合うのが難しい。
- どのような集団の中でも、常に注目の的になりたがった。
レオポルドは自分を奴隷とみなし、自身が熱中したローブを「王」とみなします。
これが、2人ならではの関係性だったのです。
より踏み込んでいえば、レオポルドは性的欲求を満たすためににローブの計画した犯罪計画に協力し、ローブは犯罪計画を実行するためにローブの性的欲求に応じていました。
彼:リチャード・ローブ(Richard Albert Loeb)
ではレオポルドが王と崇拝した「彼」、リチャード・ローブはどのような人物だったのでしょうか?
ローブの育ちから見ていきましょう。
- 父親(アルバート・ローブ/Albert Loeb)は裕福で、弁護士とシアーズ・ローバック社(Sears, Roebuck & Company)の副社長として成功した人物だった。
- 歴史や実際に起きた犯罪に興味を持っており、大学院課程では歴史を専攻していた。
- 14歳でシカゴ大学に入学。しかし全ての学生がローブよりも年上だったことから、ローブは相手にされることがなかった。
- その後ミシガン大学に転校。成績は振るわなかったが人気者になり、ポーカーゲームを主催したり、授業中にアルコールを飲んだりするようになった。哲学や政治について激しい討論を行う討論クラブ(Discussion Club)に所属。読書好きなことから、文学部(Literary Club)にも所属した。
- 歴史の学位を取得し、ミシガン大学の最年少卒業者(17歳)となる。
ここで、ローブは幼い頃から犯罪に興味を持っていたことが分かります。実際、彼は探偵小説をよく読んでいたそうです。
ローブの性格的特徴には以下が挙げられます。
- 社交的で人気があった。
- ある時期から他の学生から些細な物(高価でないもの)を盗む行動に出るようになる。盗んだ物品は、盗まれた側も気付かないようなものばかりだった。
- ある日、クラスメイトからポケットナイフを盗んだことで捕まるが、この出来事から自分のアリバイ作りを学ぶことになる。その後、犯罪しても捕まらない方法を考えるなどし、史上最高の犯罪者になることを夢見るようになる。
- 議論において価値のない点を論証し、それにこだわる傾向にあった。
- 協力的な努力が必要な場面でも子どもっぽく1人で熱中し、相手を困らせた。
レオポルドとローブの共通点が「議論に勝つこと」であった一方で、レオポルドと異なる点はローブは社交的であったことです。
こういった性格的違いも、ミュージカルに見ることができます。
「終身刑+99年の刑」が持つ意味
では、2人が犯した罪への罰はどれほどのものだったのでしょうか?
これだけの事件を起こしていれば、当然ながら「死刑」が妥当のように思われます。当時の世論もそうでした。
しかし、実際の判決は「終身刑+99年の刑(Life plus 99 years)」でした。
この判決を勝ち取ることができたのは、弁護士クラレンス・ダロウが、次の2点で徹底的に弁護し、死刑を回避したためです。
- 2人が自分の行動に自制心がなかった(感情が著しく欠落していた)
- 未成年のため死刑にするべきではない
ミュージカルではこの裁判の過程は一切描かれていませんが、それでもこの「終身刑+99年の刑」という判決は重要です。
重要であるどころか、2人の行きつく先として、とてつもない衝撃と共に描かれています。
↓ 弁護士クラレンス・ダロウ
「スリル・ミー」の意味
このような事件を基にしたミュージカル『スリル・ミー』ですが、題名にはどのような意味があるのでしょうか?
『スリル・ミー』を英語で書くと”Thrill me”で、日本語訳すると次のような意味になります。
- 僕を興奮させて
一見、とても分かりやすい題名だと思われるでしょう。
しかし、事件の詳細を知ると、実はこの題名は非常に奥が深いことが分かります。
“me”は「誰」を指すのでしょうか?
“thrill”は「何の興奮」を指しているのでしょうか?
結論から言うと、これはレオポルドとローブの視点で変わります。
レオポルドはローブから受ける「性的欲求」に飢えていました。
ローブは「犯罪欲求」に飢えていました。
いずれもそれぞれの欲求を満たすために、互いを必要としたのです。
このように、互いの求める「興奮」を満たすために、互いが協力し合うという特異な関係性を見届けるのが、このミュージカルの醍醐味です。
是非、この題名に込められた意味を知った上で、スリルを体感してくださいね。
それでは皆さん、良い観劇ライフを…
以上、あきかん(@performingart2)でした!
こんにちは!
ミュージカル考察ブロガー、あきかん(@performingart2)です。