東宝ミュージカル『レント(RENT)』より “La Vie Boheme” の英語歌詞を見てみると、 “Yitgadal v’ yitkadash” というフレーズがあります。英語ではないのでどんな意味なのか、見当もつきませんよね?
気になるので、これがどういう意味をもったフレーズなのか、調べてみました。
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“La Vie Boheme” の歌詞って、なんだか難解な歌詞ですよね…(汗)そもそも何の事を歌っているのかよく分からない上に、 “Yitgadal v’ yitkadash” などという、よくわからない言語まで入っています(涙)
ということで、今回はこの “Yitgadal v’ yitkadash” に焦点をおいて、解説をしていきますよ。
また、この曲の題名になっている “La Vie Boheme” の意味については次の記事をご覧ください。
目次
歌詞のおさらい
今回対象となる歌詞はこの部分です。
“La Vie Boheme” の中盤辺り、ベニーの妻であるアリソンの秋田犬エヴィータが死んだという会話の後、コリンズとロジャーによって歌われるパートです。
COLLINS & ROGER:
Dies irae — dies illa
Kyrie eleison
Yitgadal v’ yitkadash, etc.
―ブロードウェイミュージカル “RENT” より “La Vie Boheme” (作詞:Jonathan Larson & Billy Aronson)
1、2行目の「ディエス・イラエ(Dies irae dies illa)」と「キリエ・エレイソン(Kyrie eleison)」については次の記事で説明していますので、こちらからご確認くださいね。
“Yitgadal v’ yitkadash” とは
何のフレーズ?
それでは本題に入りましょう。あまりにも分からないフレーズが出てくる時は、そのフレーズ毎検索してしまいます!ということで、検索してみたところ、 “Judaism 101” というサイトに辿りつきました。そこにあった文章がこれです。
The Kaddish prayer is mostly Aramaic, not Hebrew, but the alphabet is the same. There are several forms of the Kaddish prayer recited at different times during religious services. This one is reserved specifically for mourners, and is recited daily for 11 months after a parent’s death, then annually on the anniversary of the parent’s death on the Hebrew calendar. For more information, see Life, Death and Mourning.
―Mourner’s Kaddish(Judaism 101)
全て英語だったのですが、少し読み進めるとたびたび “Kaddish” という単語が見受けられたので、ひとまず “Kaddish” という単語について調べてみました。すると、wikipediaに次のような説明書きが。
カッディーシュ(Kaddish, アラム語 qaddīš)は、「聖なるもの」という意味。
礼拝式の終わりに唱える頌栄。
(Mourner’s Kaddish) 死亡した肉親のために、埋葬の日から11ヶ月間、毎日3回の礼拝と、命日の際に唱える頌栄。
死者のためにカッディーシュを唱える喪服者のこともカッディーシュという。―カッディーシュ(wikipedia)
アラム語で「聖なるもの」という意味があり、肉親が亡くなった時、一定の期間唱える歌であるということが分かります。ちなみに「頌栄(しょうえい)」の説明は次をご覧ください。
キリスト教の様々な典礼における三位一体への賛美において歌われる賛美歌、および唱えられる祈祷文である。
―頌栄(wikipedia)
“La Vie Boheme” のシーンとしても、秋田犬が亡くなった…ボヘミアンは死んだ…というくだりから死者を追悼するような内容だろうということが推測されます。そこで、キリスト教の引用(「ディエス・イラエ」と「キリエ・エレイソン」)に加えてカッディーシュの引用もしている…ということなんですね。
何語?
先程説明した通り、これはアラム語だそうです。アラビア語なら知っていますが、アラム語は馴染みがないので調べてみました。
アラム語(ܠܫܢܐ ܐܪܡܝܐ, ラテン語: Lingua Aramaica)は、かつてシリア地方、メソポタミアで遅くとも紀元前1000年ごろから紀元600年頃までには話されており、かつ現在もレバノンなどで話されているアフロ・アジア語族セム語派の言語で、系統的にはフェニキア語やヘブライ語、ウガリト語、モアブ語などと同じ北西セム語族に属す言語である。
―アラム語(wikipedia)
つまり、アラム語というのはシリア地方で随分昔に話されていた言語だそうです。ヘブライ語と間違われることもあるそうですが、正確には異なることが分かります。
意味は?
さて、アラム語であり、肉親を亡くした時に唱えるカッディーシュであると分かったので、意味に入っていきましょう。冒頭でご紹介した “Judaism 101” に英語訳があったのでそこから解読していきます。赤字の部分が歌詞に引用されている部分ですよ。
Yit’gadal v’yit’kadash sh’mei raba
May His great Name grow exalted and sanctified―Mourner’s Kaddish(Judaism 101)
意味はだいたいこのような内容になるでしょう。
- Yit’gadal v’yit’kadash sh’mei raba
- May His great Name grow exalted and sanctified
- 彼の偉大なる名前は高貴で聖なるものとなるだろう
その内の “Yitgadal v’ yitkadash” 部分だけが歌詞内では引用されているので、「高貴であれ、聖であれ」といった意味なのではないかと思います。
何で追悼しているの?
ベニーを馬鹿にしているシーン
いかがでしたか?今回ご紹介したのは追悼のフレーズだということが分かりましたね。しかも、最後に “etc.(エトセトラ)” とありますから、紹介したフレーズはこんな意味になるでしょう。
- Dies irae — dies illa(怒りの日、その日は)
- Kyrie eleison(主、憐(あわ)れめよ)
- Yitgadal v’ yitkadash, etc.(高貴なれ、聖なれ などなど)
つまり、知っている限りの憐みの言葉をテキトーに並べて、喪に服した風を装っているんですね。
何故「テキトー」だと言いきれるのか…それは、このフレーズに入る直前のト書きや台詞を読むと分かります。
(The BOHEMIANS immediately begin to enact a mock funeral,
with MARK delivering the “eulogy.”)MARK:
Dearly beloved we gather here to say our goodbyes―ミュージカル “RENT” より “La Vie Boheme”
まず、ト書きの部分、つまり( )内の1文を見てみましょう。ここで注目したいのは ” mock ” で、次のような意味があります。
(笑ってはいけない時に笑ったりして)あざ笑う、あざける、ばかにする、まねてあざける、まねてばかにする、失敗に終わらせる、くじく
―mock(weblio)
” mock ” の後に続く “funeral” は「葬式」ですから、1行目は「ボヘミアン達は突然真似ごとの葬式を演じ始めた」となります。
“eulogy” の意味は?
2行目の “eulogy” ですが、「弔辞」と理解するのが一番分かりやすいでしょう。正確には「頌徳(しょうとく)文」だそうですが、これだと少し固すぎます。
人が亡くなった時って、生前であった出来事の中でも良かったことを話しますよね。そのような文章や挨拶を “eulogy” と呼ぶんだと、何となく押さえられれば大丈夫です。詳細についてはこちらのyahoo知恵袋をご覧ください。
そこで、さらに注目して頂きたいのは、何故eulogyに “ ” が付いているのか…ということです。これ、実はアメリカ作品ではよく見られる表現方法なので、覚えると良いですよ!
ある単語に “ ” が付くと引用のケースもありますが、この場合は強調表現で「その単語が皮肉や非難を込めた意味合いを持つ」ことになります。例えばこんな感じです。
- She is so pretty!…彼女、とってもカワイイね!
(素直に「カワイイ」と言っている。) - She is so “pretty” !…彼女、とっても「カワイイ」ね!
(皮肉を込めて「カワイイ」と言っている。つまり、内心はカワイイと思っていない。)
書いた文章ならば “ ” を付けることが出来るので一目瞭然ですが、会話をしていると皮肉が込められているのかどうか分からない場合がありますよね。
そんな時はある動作を付けて、 “ ” を表現します。その例として分かりやすいのが『ベイマックス』のあるシーンです。
ヒロがタダシの研究室に行った時、彼の研究室メンバーに会いますが、その内に戦隊モノオタクのフレッドがいますよね。彼の夢は火を吹く恐竜のコスチュームを作ることですが、それがなかなか実現出来ずにいます。
そんな時フレッドは、「周りはそんなものは “科学じゃない” って言うんだ」と皮肉を含んだ様子で言います。ポイントはその “科学じゃない” をどう表現するか…なのですが、 “not science” と言う時に、チョキをした指を少し曲げながら言うんですね。その動作こそが “ ” を表現しています。皮肉で言っているということを明らかに伝えたい時に、こんな動作を使います。
さて、少し話しが横道にそれてしまいましたが、そんなわけで2行目は「マークが “弔辞” を述べながら」という意味になります。ただ、今説明した通り、マークは「弔辞」なんて鼻から言うつもりはないんですね。真似ごとの葬式をして、弔辞風に “Dies irae — dies illa/Kyrie eleison
/Yitgadal v’ yitkadash, etc.” と言っていて、その後もそれっぽい文章が続くのですが、最終的にはモーリーンがお尻をベニーに向ける始末…(苦笑)。
そんな一連の流れがこのシーンなんです。
一瞬に過ぎるシーンですが、掘って見ると結構奥が深いですよね。こんな前後関係や表現も理解した上で作品を楽しんで頂けたらと思います。
それでは皆さん、良い観劇ライフを…
以上、あきかん(@performingart2)でした!
こんにちは!
ミュージカル考察ブロガー、あきかん(@performingart2)です。