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『ウィキッド』の舞台セットは、原作のドラゴン時計がモデルだった

劇団四季ミュージカル『ウィキッド(WICKED)』の舞台って、本当に独特なデザインですよね。初めて作品を鑑賞した時は、作品の内容よりもセットや衣装に魅了されたことをよく覚えています。全体的に魔法がかった雰囲気の舞台セットは、どこか機械的でもあります。

「機械的」とはまさに舞台全体が「時計」を模したデザインであるということに直結するのですが、何故舞台がそのようなデザインになっているか考えたことはありますか?実はこれ、舞台上に掲げられた大きく不気味なドラゴンも含めて、原作に登場する「ドラゴン時計」というものをイメージしてデザインされています。

「ドラゴン時計」がどのような存在なのか、ミュージカル内では触れられていませんが、原作『ウィキッド ~ 誰も知らない、もう一つのオズの物語~』を読むとその存在が明らかになってきますよ。

ドラゴン時計とは?

エルファバの父親との関係

ドラゴン時計とは何なのか…それは結局のところ原作を読んでも良く分かりませんでした(笑)。

「えー、それじゃあ意味ないじゃん!」と思われるでしょう、しかしそれが事実なのです。私も読み終えた時は何とも腑に落ちない気分でした。軽くショックを受けたくらいです。しかししばらく時間をかけて考えてみたところ、その答えのない点が作品の不気味さを増し、それこそがドラゴン時計の存在価値なのだと気付きました。つまり、作品全体を通して気味の悪さを演出するために設けられた存在だ…ということです。

原作の感想はまた別の記事で書きますが、ミュージカル『ウィキッド』とはまるで趣向の異なる作品です。ミュージカルの元になっているとは思えないほど、不可解で不愉快で不可思議な作品でした。なのでミュージカル『ウィキッド』好きが読むと、げんなりすること間違いなしです(苦笑)。私でさえげんなりしてしまったので…。

さて、話を戻します。そもそも原作のドラゴン時計とはエルファバが生まれる頃、その村にはびこったいかがわしい宗教の象徴でした。キリスト教であれば教会、イスラム教であればモスク、神道なら神社が各宗教の象徴となる建物ですが、その謎の宗教の象徴となる建物というのが「ドラゴン時計」だったのです。

建物といっても台車に乗っている移動式の見世物小屋で、その小さな劇場でからくり人形を操りながら人々の信仰を集めるための寸劇を行うという作りになっていました。

 

ドラゴン時計は台車に乗っていて、その高さはキリンほどもあります。四方に額縁状の舞台やアルコープが打ちつけてあるだけで、それ以上の支えもなく、今にも倒れそうな見世物小屋にすぎません。平たい屋根の部分に時計仕掛けのドラゴンが乗っています。緑色に塗った革で作られており、銀色の爪をもち、目には赤いルビーがはめ込まれている、ただの作りものです。革には銅や青銅や鉄でできたうろこが無数に重ねられ、折り重なったうろこは伸縮自在で、その下にぜんまい仕掛けで動く骨格が組み込まれています。ドラゴンは台座で上でとぐろを巻き、革でできた小さな翼を動かしたかと思うと(この翼が動くとヒューヒューとふいごのような音が出ます)、硫黄のような悪臭を放つオレンジ色の火の玉を吐き出します。
ウィキッド 誰も知らない、もう一つのオズの物語(上)(グレゴリー・マグワイヤ 著/服部千佳子・藤村奈緒美 訳)(p.19-20)

 

西洋におけるドラゴンのイメージはどちらかというと「悪」ですよね。なので、このぜんまい仕掛けの建物にドラゴンが乗っているというだけでいかがわしい宗教なんだろうな…ということが想像できます。また、ここでは紹介しませんが、ここで行われた寸劇というのがまた想像を絶するいかがわしさで…。これが物語の冒頭から始まるのでかなりげっそりしてしまいます。

エルファバの父親フレックスはユニオン教という宗教の牧師で、真面目で誠実な人間でした。そのため村にドラゴン時計がやってくる、村人の興味関心をかっていると知るとユニオン教に改宗させるためにドラゴン時計の来ている場所まで出向いたんです。そこから物語は始まります。

 

エルファバの母親との関係

エルファバの母親メリーナはこの時丁度臨月で、エルファバを身ごもっていました。初めての出産で心細い中、熱心に宗教活動をしに外出する夫を少し軽蔑しながらも見送ります。この時フレックスがドラゴン時計のことをメリーナに伝えなかったのは心配をかけたくない…という理由からでした。

しかし、あろうことか、そのドラゴン時計の中でメリーナは出産することになるんです。

というのも、ドラゴン時計へ心酔しつつある村人を何とか正気にさせるため、寸劇の上演を止めようとしたフレックスは村人の怒りをかってしまいます。それで騒ぎが起き、酔っぱらった男たちがフレックスの家へと向かいました。その頃メリーナは産気づいていたので、このままでは危険が及ぶと判断した産婆たちが彼女を外に連れ出します。するとしばらく歩いたところにドラゴン時計があったんですね。これは酔っ払った村人が小屋を破壊する事を恐れた運営者が上演者が隠したものでした。

彼女たちはもちろんそれがどういうものなのか知らないのですが、雨が降っていたのとメリーナがいよいよだという時だったので、ドラゴン時計の小屋の中に入りエルファバの出産に至ったんですね。

 

エルファバとの関係

そんな場所で自分が生まれたとは生涯知らないエルファバですが、小説の最後の方、つまりエルファバが大人になってから一度ドラゴン時計に出会うことがあります。

そしてそこで上演されたのは、自分の半生とも捉えられる3本立ての寸劇でした。

 

  1. 第一幕:聖なるものの誕生
  2. 第二幕:邪悪なるものの誕生
  3. 第三幕:聖と邪の結婚

 

ここで上演されたものは、原作で読者が読んできた内容とは微妙に異なる部分もあるのですが、大筋近しいものが上映されています。

これによりエルファバは自身の半生を振り返ることになるのです。

 

 

 

ドラゴン時計の影響力

 

ここまででもお分かりいただける通り、ドラゴン時計はエルファバと非常に強い結びつきがあると分かります。

エルファバは生涯を通して「自分の人生は誰かに操られている」という感覚を持ちながら生きることになるのですが、そういう風に生きることになったのはドラゴン時計のせいなのかもしれません。

自分がこう考えるのはそう定められているからだ、自分がこう行動するのはそう運命づけられているからだ…と半ば洗脳、妄想、呪縛のような感覚を持って生き続けるエルファバ。そして家族というものに対しても強い束縛を感じながら生きる彼女。そんな姿を見続けるのは非常に辛かったのですが、もしかしたらドラゴン時計の不思議な力にかかってしまったのは村人や両親でもなく、エルファバだったのかもしれませんね。

そして舞台セットをよく見ると、そこかしこにぜんまいがあしらわれていると分かりますが、これこそが「ドラゴン時計」の見世物小屋なんですよね。上部にドラゴンがいる点からもそうお分かり頂けると思います。

…と考えると、この舞台上に登場する全ての人物は、ドラゴン時計で演じているからくり人形ということになる。ということは、これはあの宗教の見世物ということ?私達はそれを見せられているということなの?と、とても不気味で気味の悪い感覚に陥ります。これはあくまでも私の解釈ですが、そう捉えてもおかしくないくらいの設定・作り込みだということです。

 

時計仕掛けと竜巻

ちなみにドロシーの竜巻にも「ドラゴン」や「時計」と関係する表現が登場するのでご紹介します。

ドロシーはこの世界に竜巻に乗ってやってきたということは皆さんご存知のことですが、その竜巻という存在をこの世界の人たちは知りませんでした。そこで、各々が次のように竜巻を解釈したんですね。

 

チクタクものに目がない快楽主義者いわく、「あれは、時計仕掛けの機会がぜんまいを巻き戻しながら、すさまじい速度で駆け下りてきた音さ。それによって、復讐の念に満ちたエネルギーを解放したんだ」
ウィキッド ~誰も知らない、もう一つのオズの物語~(下)(グレゴリー・マグワイヤ 著/服部千佳子・藤村奈緒美 訳)(p.188)

 

迷信深い者いわく、「あれは時間が崩壊したのに決まっておる。世界中の害悪が染み出てほの暗いエネルギーのかたまりとなり、一撃のもとにこの世界の息の根をとめようとしたんじゃ」
ウィキッド ~誰も知らない、もう一つのオズの物語~(下)(グレゴリー・マグワイヤ 著/服部千佳子・藤村奈緒美 訳)(p.188)

 

こううそぶいた者も、一人か二人。「攻撃訓練中のドラゴンの群れがねぐらから飛び立ち、ぎざぎざの翼をばたつかせて空を渡っていったのさ」
ウィキッド ~誰も知らない、もう一つのオズの物語~(下)(グレゴリー・マグワイヤ 著/服部千佳子・藤村奈緒美 訳)(p.188-189)

 

「時計」や「時間」、「ドラゴン」で竜巻を表現していることが分かりますよね。

ドロシーは後にエルファバが忌み嫌う相手になるのですが、きっとそういった相手が空からやってくるということに対しても、これらの表現を使うことで、ドラゴン時計にも似た「呪われた宿命」を感じさせるという効果をもたらしているのかもしれません。しかも、ドロシーはエルファバの妹ネッサローズの靴とも非常に深い関係にあります。こう考えると、エルファバの時間の歯車を動かし続ける家族の存在と呪いの強い結びつきを感じずにはいられないのです。

ミュージカルでは描かれていないドラゴン時計の存在。そしてエルファバとの関係性、お分かりいただけましたでしょうか?

原作は生々しいシーンなどもあり、万人受けする作品とは言い切れませんが、緞帳の地図も原作にあるものが元になっているなど、読むことでより作品を深く知ることができるので、興味のある方は是非時間をかけて読んでみてくださいね。

 


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