東宝ミュージカル『レント(RENT)』より “Over the Moon” の英語歌詞を見てみると、その内容は意味不明で理解することが非常に難しいと分かります。
しかし、モーリーンがパフォーマンスで主張したかったことが何なのかを突き詰めながらこの歌詞を読み込んでいくと、全貌が見えてきたのです。今回はこの曲とマザーグースの “Hey Diddle Diddle” の関係性について説明します。
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目次
“Over the Moon” と “Hey Diddle Diddle” の関係性
“Over the Moon” とはどんな曲?
さあ、どこから説明を始めましょうか…(苦笑)。
この曲、好きな人ってどれくらいいますか?私が初めて『レント』を観た時、最も眉をひそめたのがこの曲です。何一つ理解出来ない上に、モーリーンに感情移入出来なかったこともあり、苦手意識しかありませんでした。いえ、正直に言うと嫌いでした。そして、アングラパフォーマンスに偏見さえ持ちました。
“Over the Moon” は、ボヘミアン達(ベニー以外)を代表して、アングラパフォーマーのモーリーンが、立ち退きを迫るベニーに対して抗議をするという内容です。
しかし、それを状況的に理解はできても、歌詞からはそれがほぼ伝わってこない…というのがこの曲に受けた印象で、モーリーンが何を言いたかったのかは、結局よく分からなかったのです。
“Hey Diddle Diddle” とは?
しかし、最近この曲を見つめ直すきっかけが。
ある記事で、 “Over the Moon” がマザーグースの “Hey Diddle Diddle” を元にしていると知ったのです。なるほど、元になる詩があったんですね?これは初耳です。
マザーグースについての知識はほぼゼロでしたが調べるにつれて分かったことが1つ。それはこの詩が「ナンセンス」な詩であるということです。
そう聞けば、ほとんどの方がこう思うでしょう。
「…ん?…ということは、 “Over the Moon” も「ナンセンスな曲」だということ?…なら、意味不明な曲という理解で良いということ?じゃあ、分からなくて仕方ないんだ!」
もちろん、私も最初はそう思っていました。でも、今まであらゆるダブルミーニングやトリプルミーニングを散りばめてきた『レント』の曲の中に、ただ「ナンセンス」な曲が存在するとは思えなかったんですよね。それで、「絶対何か裏の意味があるはずだ」という直感を信じて単語1つ1つを調べていくと、気付いてしまったんです、あることに。
※マザーグースの “Hey Diddle Diddle” については、こちらの記事でもまとめているので是非併せてご覧ください。
登場人物の比較
“Hey Diddle Diddle” の登場人物
気付いてしまったことが何なのか。それはこの曲が “Hey Diddle Diddle” から引用している単語の数々に2つ、もしくはそれ以上の意味があるということです。
“Hey Diddle Diddle” はとても単純な詩で、使われている単語も簡単なので別の意味があるとは考えてもいなかったのですが、モーリーンの歌う “Over the Moon” の状況に当てはめると引用元通りの意味だけではないなと思わせる部分が多々あったのです。
“Over the Moon” の歌詞を理解する上で重要なのは、 “Hey Diddle Diddle” の詩の内容と、そこに出てくる登場人物です。英語の詩はこうなっています。
Hey diddle diddle,
The cat and the fiddle,
The cow jumped over the moon;
The little dog laughed
To see such sport
And the dish ran away with the spoon.―もっと知りたいマザーグース/鳥山淳子(p.50)
難しい単語なんて1つも使っていないですし、長くもないので一見難しくはなさそうですが…意味、分かりますか?いや、意味は分かるかも知れないのですが、状況理解が出来ないのではないのでしょうか?
日本語に訳すとこうなります。
ヘイ ディドゥル ディドゥル
ねことバイオリン
雌牛が 月をとびこえた
これはおもしろいと
犬がわらった
おさらはおさじと かけおちだ―もっと知りたいマザーグース/鳥山淳子(p.50)
はい、明らかに意味不明ですよね。まさに、ナンセンスです。
現実的に考えれば、ねこがバイオリンを弾く訳がないですし、雌牛が月を飛び越えることなんてないですし、それを見て犬が笑ったり、お皿とスプーンが駆け落ちすることもないですよね。なので、ここで第一に押さえておきたいことは、何度も言う通り「ナンセンスな詩である」ということです。
では、第二に押さえておきたいことは何か。それは、この詩に出てくる登場人物です。
- cat … 猫
- cow … 雌牛
- dog … 犬
- dish … 皿(おさら)
- spoon … スプーン(おさじ)
そしてこの登場人物達は、 “Over the Moon” で余すところなく登場してきます。
“Over the Moon” の登場人物
これが、全て “Over the Moon” にも出てくる登場人物です。
- cat … 猫
- cow … 雌牛
- bulldog … ブルドッグ(犬)
- dish … お皿
- spoon … スプーン
dog(犬)の部分がブルドッグに書き換えられているだけで、それ以外は変わりません。登場人物が全て一致していることを知って、最初は「あ、やっぱり引用元は “Hey Diddle Diddle” なんだな」くらいにしか思いませんでした。
でも、気になってしまったんですよね、何故、あえてdogをbulldogと言い換える必要があったのかが。
この曲でdogが登場する場面は次のフレーズで、dogが使われている表現には “bulldog” と “lap dog” とがあります。
Then a little bulldog entered. His name (we have learned) was Benny.
And although he once had principles,
He abandoned them to live as a lap dog to a wealthy daughter of the revolution.-ブロードウェイミュージカル “RENT” より “Over The Moon” (作詞:Jonathan Larson)
それぞれの意味は次の通りです。
そこで、意味を説明するとこうなります。
- すると小さなブルドッグがやってきた。彼は名前をベニーと言った。彼はかつて信念を持っていたのに、それを捨てて、裕福な娘の愛玩用の小犬として生きると決めたの。
私達はベニーがかつてはボヘミアン達の親友であった事も、彼がアリソンと結婚して玉の輿に乗ったことも知っていますから、ブルドッグがベニーで、裕福な娘とはアリソンと分かる訳です。なので、文字通りの意味でも十分に理解ができます。しかし、ここはもう一歩踏む混んでみましょう。それぞれのdogには、次のような意味もあったんです。
どうですか?こうなると、もっとモーリーンの主張・批判が強くなると思いませんか?意味はこうなります。
- すると小さな頑固者がやってきた。彼は名前をベニーと言った。彼はかつて信念を持っていたのに、それを捨てて、裕福な娘の腰ぎんちゃくとして生きると決めたの。
いかがでしょう? “Over the Moon” の奥深さが、見えてきたのではないでしょうか?
奥深さアリアリで、俄然やる気が出てきました。やる気しかありません!面白い、 “Over the Moon”
さて、ここから先どんな記事が書けるかは私にとっても挑戦になるので何とも言えませんが、1つだけ言えることがあります。それは、私の解釈が必ずしも「正しい」という訳ではないということです。
ネットで検索してみると、「この曲はナンセンスな曲という理解で良い」というファンもいれば、私と同じように「このフレーズからはこういう解釈ができる。その理由は…」とがガッツリ推理しているファンもいます。
そういったあらゆる角度からの推測も交えながら、私なりの解釈を紹介していこうと思っていますので、もし先々の記事で「ここはこういう解釈ができるのでは?」とご意見頂けるようであれば、是非コメントを残して行ってくださいね!
続きはこちらから。
“Over the Moon” の解説・考察一覧はこちらから。
それでは皆さん、良い観劇ライフを…
以上、あきかん(@performingart2)でした!
こんにちは!
ミュージカル考察ブロガー、あきかん(@performingart2)です。