劇団四季『オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)』は「猿のオルゴール」に始まり、終わります。
このオルゴールに泣かされる方はかなり多いと思いますが、実は、原作には一切登場しません。オルゴールはもちろん、猿という動物さえもです。
ではミュージカルではなぜ、猿のオルゴールを登場させたのでしょうか?
「猿のオルゴール」の意味と重要性について、私なりの考察をまとめます。
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目次
「猿のオルゴール」とは?登場するシーンと重要性
ミュージカル『オペラ座の怪人』において「猿のオルゴール」は次のシーンで登場します。
- オープニング:オークション
- 地底湖:クリスティーヌ初の地底湖
- エンディング:クリスティーヌ去った後
作品の重要なシーンで登場しますが、それぞれどのような重要性を秘めているのかを見ていきましょう。
オープニング(オークション):「怪人の遺産」としての価値
ミュージカルのオープニングは、オークションという設定になっています。これはミュージカル独自の演出です。
原作では作者のガストン・ルルーがパリのオペラ座で起こった怪事件をリサーチすることから始まります。
原作とミュージカルの共通点は、作品の始まりがオペラ座で起きた事件にさかのぼる役割を果たしていること。
比較すると次のようになっています。
- 原作:オペラ座の事件に関する資料を探し、怪人に会ったことがあるという人物(ペルシア人)から話を聞き、ルルーが過去に思いを馳せる
- ミュージカル:オークションに出品されていた猿のオルゴールを見て、クリスティーヌと怪人について思い出したラウルが過去に思いを馳せる
こう比較すると、オルゴールは怪人に関する手がかりとして貴重なものだとみることができます。
地底湖(クリスティーヌ初の地底湖):「怪人の身近にあるもの」としての価値
クリスティーヌが初めて地底湖に来た時、彼女は歌のレッスンの過程で気を失います。
眠っているクリスティーヌを横にしばらく作曲を続ける怪人ですが、不意にオルゴールが鳴り始めます。
クリスティーヌが目を覚ますのはこのタイミングですが、2人の間ではオルゴールに関するやりとりは一切ありません。
ただ、クリスティーヌ以外に「怪人と共に存在するもの」としての存在感とインパクトを残していきます。
裏を返せば、クリスティーヌがいなければ、怪人はこのオルゴールと2人きりといった雰囲気です。
エンディング(クリスティーヌ去った後):「自分を表したもの」としての価値
クリスティーヌを無理やり地底湖に連れて来た怪人は、ラウルか自分かを選ぶように迫ります。
怪人とラウルへの思いに葛藤しつつも、クリスティーヌは怪人にキスをし、愛を知った怪人は2人で去るように告げます。
この後、1人になった怪人がすがるのが猿のオルゴールです。
クリスティーヌが去り、猿のオルゴールと2人きりになった怪人ですが、彼の一連の動作から、どこか猿に哀れみを感じているように受け取れませんか?
それは、私たち観客の中に「オルゴールは怪人自身なのではないか」といった感覚として残ります。
原作にないオルゴールをミュージカルで登場させた理由
このように、怪人とオルゴールの関係性を見ていくと、猿のオルゴールには3つの要素が含まれていることが分かります。
- 怪人に関する手がかり
- 怪人の身近に存在し続けたもの
- 怪人を表したもの
この視点を持ちながら原作を読み進めると、これらの要素が散りばめられていることが分かります。
要点を押さえながら、猿のオルゴールは何を意味しているのかを考えていきましょう。
何故、オルゴールなのか
怪人は、クリスティーヌが「音楽の天使」と信じ込んでいた存在です。
それが人間であり、この世のものとは思えぬ容姿だったと知った後も、音楽と強い結びつきのある存在が怪人・エリックでした。
そんな彼の遺品として登場させるのに、なぜオルゴールである必要性があったのでしょうか。
怪人の存在や音楽との関係性を示すものであれば、譜面やオルガンでも良かったはずです。
ここが腑に落ちなかった私は「オルゴール」という言葉に焦点を当てることから始めました。
オルゴールは英語で “music box” と言います。
直訳すると「音の箱」で、解釈を加えると「音を奏でる箱」となりますが、個人的には「音を閉じ込めている箱」という強い印象があったので、その観点で原作を読み直してみたところ、序文に書かれた文章が目に留まりました。
最近、音楽家たちの声を録音したものを埋めるためにオペラ座の地下を掘ったとき、労務者たちのつるはしが一体の死体を掘り出したことを思い出していただきたい。さて、わたしはただちにそれが<オペラ座の幽霊>の死体である、という証拠を手に入れたのだ!
ー『オペラ座の怪人』ガストン・ルルー著、三輪秀彦訳(p.16)
「オルゴールの原点はこれだな」と直感。何故なら、音楽家、声を録音、埋葬、地下といった言葉の数々が「音を閉じ込める箱」という印象と一致したからです。
これらの単語と物語を照らし合わせると、次のように解釈することができます。
- 音楽家 … 怪人も「音楽家の1人」と考えることができる
- 声を録音 … オルゴールは録音した音楽のように「同じ音楽を繰り返し演奏」することができる
- 埋葬 … 原作において怪人は自身が生活する場所を「墓場」と表現することがある
- 地下 … 1つの閉ざされた空間として「箱」と考えることができる
つまり、オルゴールは「怪人が生活していた空間を凝縮したものだ」というのが、私の見方です。
さらに加えるならば、怪人が生活していた空間は、怪人の才能によって機械仕掛けになっていました。
機械仕掛けで音楽を鳴らすオルゴールは、彼の独特な住まいの構造からもインスピレーションを受けていると考えられます。
また面白いことに、オルゴールは「オルガン」を意味するorgel(オランダ語でオルヘル、ドイツ語ではオルゲル)に由来していることも分かりました。
怪人が地下でオルガンを演奏している点を踏まえても、この考え方は非常にしっくりくるのです。
何故、サルなのか
では、オルゴールと一体になっている猿は何を意味しているのかについても考えてみましょう。
ネット上では「怪人」説や「ペルシア人」説を多く見受けますが、私自身はその融合だと考えています。
より具体的に言えば「猿が怪人」、「服装がペルシア人」のイメージです。
ミュージカルでは、マダム・ジリィによって「怪人はオリに入れられ見世物になっていた」と説明されます。
この描写は原作でも登場しますが、説明するのはペルシア人です。
怪人は幼いころから見世物として世界を巡業していたのですが、この「見世物」というのがミソです。
日本において猿には悪い印象がありませんが、ヨーロッパにおける猿は悪い印象ばかりです。
- 罪
- 悪徳
- 不道徳
- 愚か
- 卑い
- 汚らわしい
- 好色
人間に似ているようで、下等な生き物であるというイメージが、怪人と一致しオルゴールの一部として表現されていると考えられます。
シンバルを鳴らす姿は見世物のイメージに直結する点も、辛いですね。
ヨーロッパにおける猿の印象については、こちらを読むとよく分かりますよ。
では、猿の服装はなぜペルシア風になっているのでしょうか?
それは、怪人とペルシア人との関係性から来ていると考えられます。
そもそも原作に登場するペルシア人とは、唯一怪人の過去を知っている人物です。
怪人は見世物として世界を巡業しますが、建築や芸術的なセンスを持ち合わせた怪人のことをペルシア王(現在のイラン)は気に入り、しばらく傍に置くことになります。
しかし、そういった才能が「犯罪」とあいまった時、脅威の存在だと感じた王は、怪人を処刑することに決めます。
これを助けたのが、オペラ座の地下を出入りするペルシア人です。
ペルシアからパリに亡命し、怪人はオペラ座の地下に住み着くことになりますが、このような過去から怪人の死まで知ることになるペルシア人は、この作品において非常に重要な人物です。
怪人を語る上で外せない存在という点から、ペルシア人をイメージさせる服装にしているのだと考えられます。
何故、マスカレードなのか
オルゴールから流れてくるのは「マスカレード」の音楽です。
「仮面をかぶれば誰が誰だか分からない」という点から、このシーンではみな平等という印象を受けます。
しかし原作はもっと残酷。
怪人だけはマスクを着けておらず、ドクロのような顔をした怪人の顔は、仮面舞踏会の場では受け入れられ、むしろ高評価でした。
何故なら、誰一人として、それが本当の顔だと認識していないからです。
初めて与えられた仮面は母からもらい、オペラ座の地下では黒い仮面を身に着けて過ごしてきた怪人ですが、クリスティーヌと結婚をしたら精巧につくられたマスクで太陽下で暮らしたいというのが怪人の願いでした。
このように、人生を通して仮面で生きることを強いられた一方で、仮面によって自由を得たいという気持ちがあったからこそ、オルゴールから奏でられるのは「マスカレード」なのではないでしょうか。
マスカレードの英語歌詞を怪人の視点から捉えると、非常に奥が深いので、こちらの記事と併せて考察してみてくださいね。
それでは皆さん、良い観劇ライフを…
以上、あきかん(@performingart2)でした!
こんにちは!
ミュージカル考察ブロガー、あきかん(@performingart2)です。