『ヘアスプレー』の舞台ボルチモア、黒人差別との関係性を知る

東宝ミュージカル『ヘアスプレー(Hairspray)』を観るに当たって知っておきたいこと。それは、この作品の舞台がボルチモアという都市だということです。

では、何故ボルチモアが舞台になっていのでしょうか?

 

『ヘアスプレー』が舞台になっている1960年代アメリカは、黒人差別撤廃運動が盛んであった時代です。

 

その中で、撤廃運動がなかなか進まなかったのがボルチモア

 

「コーニー・コリンズ・ショー」のモデルとなったテレビ番組も、ボルチモアに存在しました。

 

ボルチモアと黒人差別の関係を知ることで『ヘアスプレー』の理解度が随分変わりますよ。

Music from the Musical・作品名:ヘアスプレー(Hairspray)

・曲名:Good Morning Baltimore

・作詞:Scott Wittman and Marc Shaiman

アルバムを視聴/楽譜 ・アルバム(英語):Hairspray
・楽譜:

 

『ヘアスプレー』の舞台、ボルチモア

何故ボルチモアなのか

 

ミュージカル『ヘアスプレー』を理解する上で重要な要素は4つあります。

 

1. 1960年代アメリカ

 

2. 当時流行った髪型

 

3. ボルチモア

 

4. 人種差別撤廃運動

 

このすべてを掛け合わせると『ヘアスプレー』という作品が出来上がります。

ミュージカルの肝となるのが若者に人気のダンス番組「コーニー・コリンズ・ショー」ですが、これは実際にボルチモアで人気のあった「バディ・ディーン・ショー」が元になっています。

 

ボルティモアの60年代は特別な年で、この映画は62年の春で終わっていますが、翌年にはJFK(ジョン・F・ケネディ)暗殺事件が起きる。JFKとマーティン・ルーサー・キングは人種差別撤廃をしようという活動に関わっていた。その二人が暗殺されようとしていた時代を迎えようとしていた。

実はこの映画の題材はジョン・ウォーターズ監督が実例に基づいて書いている。当時、ボルティモアで人気のあったバディー・ディーン・ショーがあって、バディー・ディーンさんは黒人も一緒に出られるようにすることに最後まで反対していた。スタジオ側は逆に促進しようとしていた。結果、ディーンさんが反対してショーが終わってしまった。

「ヘアスプレー」にみる人種差別問題(ラジオ映画館)

 

国を挙げて人種差別撤廃運動をしていく中で、ボルチモアはその流れに抵抗し、黒人をなかなか受け入れませんでした。

その最たるものが「バディ・ディーン・ショー」。

制作側は黒人差別を撤廃する意向だったようですが、司会のバディ・ディーンがそれに真っ向から反対し、結果的に黒人出演を許すことなく番組終了となりました。

ミュージカルとは真逆の展開ですね。

この辺りについては次の記事で解説しているので、是非ご覧下さい。

 

また、当時流行った髪型「ブフォント・ヘア」についてはこちらの記事をご覧くださいね。

 

ボルチモアと黒人の関係性

 

では、ボルチモアとはどのような土地なのでしょうか。

 

1960年代から施設の老朽化と主産業の構造不況によって中心地から人口が流出し、スラム街が発展、治安の悪化が進んだ。そこで市は30年にもわたる再開発計画を実施、これはウォーターフロント開発の先駆ともいわれている。(中略)一方、肝心の中心地の空洞化は依然として深刻で、治安改善はさほど進んでいない

ボルチモア(wikipedia)

 

スラム街が発展し、あまり治安の良い場所ではないと分かりますね。

黒人の人口はどうでしょうか?

 

Driven by migration from the deep South and by white suburbanization, the relative size of the city’s black population grew from 23.8% in 1950 to 46.4% in 1970. Encouraged by real estate blockbusting techniques, recently settled white areas rapidly became all-black neighborhoods, in a rapid process which was nearly total by 1970.
Baltimore(wikipedia)

 

南部からの移民白人の郊外化により、黒人の人口は1950年の23.8%から、1970年の46.4%に増えたそうです。

これは、ブロックバスティングという不当な手法を使ったことによるものだそう。ブロックバスティングについて、こちらの記事をご覧ください:ブロックバスティング

 

 

映画に登場する新聞記事は事実

大学、黒人学生の受け入れを拒否

 

映画『ヘアスプレー』をご覧になったことのある方に1つ質問です。

冒頭のシーンで家の入口に投げられる新聞の見出しに、どれだけの方が注目したでしょうか。

ここにはとても重要なことが書かれています。新聞の見出しにはこう書かれていました。

 

THE SUN
BALTIMORE MAY 3, 1962

Barnett Defies U.S., Bars Negro From University

ヘアスプレー

 

日本語字幕はこうです。

 

ボルチモア 1962年5月3日 大学 黒人学生を拒否

ヘアスプレー

 

調べてみると、事実だと分かりました。

 

“Barnett” とは、当時のMississippi 州知事であったRoss Robert Barnett(ロス・ロバート・バーネット 1898〜1987)のことである。彼は頑強な Segregationist(人種差別[分離]主義者)であり、アフリカ系アメリカ人に対する一切の差別をなくすことを求めた Civil Rights Movement(公民権運動)に反対して、合衆国政府及び連邦裁判所の人種差別撤廃の命令に従わなかった

この新聞記事の見出しは、日本語字幕では「大学黒人学生の入学を拒否」となっている。これは Mississippi 州生まれのアフリカ系青年James H.Meredith(ジェイムズ・H・メレディス1933〜)が Barnett の母校でもあるUniversity of Mississippi(ミシシッピ州立大学)に入学を希望したとき、新聞の見出しの英語では “U.S.” (アメリカ合衆国)の2文字で表されたJohn F.Kennedy(ジョン・F・ケネディー 1917〜63)大統領と連邦裁判所の命令を、Barnett 知事が “Defies” (公然と無視)して、Meredith の入学を拒否したというニュースである。

アメリカ映画を観よう : 人権関連場面の案内(その1)(雑誌『関西外国語大学人権教育思想研究』 岡田 広一 著)

 

場所こそボルチモア(メリーランド州)でなくオックスフォード(ミシシッピ州)ですが、それ以外の点について新聞に書かれていることは事実です。

事実に基づいて、新聞の見出しを訳すとしたらこうなります。

 

・The Baltimore Sun新聞

 

・1962年5月3日

 

・バーネット州知事 国の命令を公然と無視 大学から黒人を締め出す

 

学生の名はジェイムズ・H・メレディス

 

この黒人というのが、ジェイムズ・H・メレディス。

彼に対するミシシッピ大学への入学拒否は2度もあったようですが、最終的にはミシシッピ大学に入学した初めてのアフリカ系アメリカ人となったそうです。

メレディスが入学するまでの過程で、バーネットは「自分が在任している間は、どんな手を使ってでも人種を撤廃することなどはしない。この州で人種撤廃される学校などない。」と宣言したそうです。

これが1962年9月13日のことだそうなので、映画に登場する新聞記事の時期はかなり事実に近いと言えます。

 

“Barnett defies U.S., bars Negro from universities” – On September 13, 1962, Ross Barnett, the governor of Mississippi, declared that no school in his state was to be integrated while he was still in office and he shall do everything in his power to prevent integration.

Historical Accuracy: News from The Baltimore Sun Impacts of this Film… The Intention for the Making of this Film…HAIRSPRAY(Prezi)

 

ちなみにこの一件でバーネット州知事は罰金を科され、差別に対して懲役刑を受けましたが、罰金を払うことも刑務所で過ごすこともなかったようです。

また、バーネットによる入学反対で学内では「メレディス事件( Ole Miss riot of 1962)」という暴動が起きていますが、これに近いデモが『ヘアスプレー』の後半で描かれていますね。

メレディス事件については、こちらの記事を読むと良く分かりますよ。

 

ちなみに、The Baltimore Sun新聞は実在し、1837年に創業された新聞です。

 

現代における黒人差別

 

こういった内容を読むと「1960年代のアメリカは黒人差別を撤廃する過渡期だったのだな」と感じますが、黒人に対する差別・偏見は今なお残っています。

 

2019年7月、ドナルド・トランプ大統領は、「(ボルチモアは)全米一危険で、どんな人間も住みたがらない」と批判した。これはボルチモアを地盤とするトランプ批判の急先鋒であるイライジャ・カミングス下院議員を罵倒する中の発言であったが、市の黒人の人口比率が50%を超え、犯罪率も全米3位の高さを見せていた背景もあり、人種差別であるとして物議を醸すこととなった

ボルチモア(wikipedia)

 

バディ・ディーン、ロス・バーネット、ドナルド・トランプ…

この3者の言動を見るだけでも、白人主義者にとってボルチモアは黒人を差別する対象になると分かりますね。

 

黒人を意味する “black” と “negro” の大きな違い

 

日本語ではアフリカ系の人種を「黒人」と言いますよね。

私自身「黒人」「白人」「黄色人種」といった色の付く表現で人種を言い表したくないというモットーがあるので、「アフリカ系」「西洋人」「アジア系」などと表現するようにしているのですが、日本語では「黒ん坊」などが差別用語に当たります。

これと同じように、英語でも「黒人」を蔑視した表現があります。それが “Negro(ニグロ)” です。

 

①(人種としての)黒人;(特にサハラ以南のアフリカの)ニグロ.
②【古風・軽蔑】(特に米国で)黒人, ニグロ, 黒人の血を引く人.

<類語>

Negro…黒人を意味する学術用語. 日常語では好まれない.
black…軽蔑的な語だったが, 1960年代より黒人の自覚をうながす語として用いるようになった.
nigger強い軽蔑を含む.
colored people…有色人種, 特に黒人に対するもと婉曲語. 現在では軽蔑的.
Afro-American…1960年代の終わりごろから用いられ, アフリカ系アメリカ人の意. 現在はAfrican Americanがふつう.

Negro(コトバンク)

 

「コーニー・コリンズ・ショー」では週に1度「黒人の日」があり、日本語字幕では「ブラック・デー」と訳されていますが、英語では “Negro Day” と表現されていて軽蔑的な意味が含まれます。

映画で積極的に “negro” や “colored people” が使われているのは、当時日常的に使われていたからであると同時に、当時黒人に対して非常に差別的であったことを浮き彫りにするためだとも感じます。

差別的な表現をしないためには “dark skin” がオススメですよ。

 

ボルチモアと黒人差別について、理解頂けたでしょうか?

この辺りの知識があるかないかで『ヘアスプレー』の楽しみ方、作品が提示するメッセージの理解度が大きく変わってきます。

ぜひ、押さえた上で劇場で楽しんでくださいね。

 

曲のポイント

 

・『ヘアスプレー』の舞台は、黒人差別撤廃運動が盛んだった1960年代のボルチモア

 

南部からの移民と、白人の郊外化によりボルチモアの黒人人口は増加。

 

・ボルチモアでは、黒人差別撤廃運動が遅れていた。

 

・『ヘアスプレー』で頻繫に使われる “negro” は差別用語。

 


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