劇団四季版で “Out There” が「陽ざしの中へ」と訳された理由

あきかん

こんにちは!

ミュージカル考察ブロガー、あきかん(@performingart2)です。

劇団四季ミュージカル『ノートルダムの鐘(The Hunchback of Notre Dame)』より「陽ざしの中へ(Out There)」の英語歌詞を見てみると、劇団四季版では “Out There” が「陽ざしの中へ」と訳されていることが分かります。

英語も日本語も全く異なる意味ですが、何故このように訳されたのでしょうか

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Out Thereの意味

outとは?thereとは?

 

そもそも “out there” ってどういう意味だか考えたことありますか? “out” も “there” もそんなに難しい単語ではないですよね。

それぞれの単語の意味は次の通りです。

 

  • out … 外に、外部に、出る、外
  • there … そこに、あそこに(話し手から少し離れた場所を指す)

 

out thereとは?

 

ではこの2つの単語がつながるとどういう意味になるのでしょうか?

 

  • out there … あそこに、向こうに

 

「…あれ? “there” と同じじゃん」と思いませんでしたか?

そうなんです。表面上は同じなんです(笑)。

しかしながら “out” が付くことによって、より「話し手から少し離れた場所」や「外」を強調する意味合いが含まれるようになります。

例文を見てみると分かりやすいので見ていきましょう。

 

Yoo-hoo! Is anyone out there?
ヤッホー!誰かいますか?

It seems to be cold out there.
外は寒そうだ。

out there(weblio)

 

“Is anyone out there” の方は自分が立っている前方の広い空間に対して “Yoo-hoo!” と投げかけていることが分かります。

“Is anyone there?” と比較すると、 “out there” と言った場合の方がより話し手から距離が遠く広い場所に投げかけていることが分かります。

また、 “It seems to be cold out there” は、今家にいて窓越しに外の様子を伺いながら言っている台詞だということが分かります。

“out” が入ることで、この台詞を言っている人は “out” ではない場所、つまり「どこか建物の中にいる」という解釈が出来る訳です。

逆に “It seems to be cold there” という言い方だと、それは判断付かないんですね。

この違い、分かって頂けたでしょうか?

 

このシーンではどう使われている?

 

今回のシーンは、カジモドがノートルダム大聖堂の中から外の世界を眺めながら歌っているので、先程の例文からすると後者の “It seems to be cold out there” の意味合いが近いですね。

自分がいる「中」の世界と、憧れている「外」の世界…そういった対比がこの “out there” からは受け取れるのです。

つまり、もしこれを英語を活かした形で訳すならば「外の世界」となるでしょう。

 

陽ざしの意味

「陽ざしの中へ」と訳された理由

 

では何故これが「陽ざしの中へ」と訳されたのかを考えてみましょう。

カジモドがずっと、ノートルダム大聖堂という閉ざされた空間にいたところから、外の世界に思いを馳せ高ぶる想いを歌うのがこの “Out There” でした。そしてその意味は先程ご説明した通りです。

カジモドのいる場所は暗く静かで神聖。その一方の外は明るく賑やかでふしだらなこともある世界です。そんな中でやはり決定的に違うのは明るさでしょう。

太陽の光…これは誰にも作ることが出来ない絶対的な存在です。

私が芸術学部で舞台の勉強をしていた時に照明に携わることがありましたが、人工的な光と自然光というのはこんなにも違うものかと感じたものでした。

そんな太陽の光を浴びることが出来るのは、外の世界しかありません。

だからこそ “Out There” を「外の世界」と訳すのではなく「太陽のある外の世界」と解釈し、そんな世界に入っていきたいというカジモドの想いをくんで「陽ざしの中へ」と訳されているのではないでしょうか。

私はこれは素晴らしい訳だと感じています。

 

 

何故「陽ざし」?

 

またとても細かいことですが、なぜ「陽ざし」と表記されたのかも気になる点です。

「ひざし」を表記する場合、次の書き方もあったはずですよね。

 

  • 日差し
  • 陽射し

 

「ひざし」の「さし」を漢字にしなかったのは、恐らく「差す、射す」には矢を射るような鋭い表現が含まれるからでしょう。

カジモドの憧れる太陽光とは鋭いものではなく、全てを包み込むような温かい光のはずですが、鋭い印象を避けるためにも漢字表記にはしなかったのだと考えています。

また、それぞれの違いについては次のブログでこのように説明されていたのでご紹介します。

 

まず一つ目は季節の違い。「日差し」には夏の太陽、「陽射し」には冬の太陽のようなイメージがあります。

二つ目は光の範囲の違い。「日差し」にはカーテンの隙間から入ってくるような、「陽射し」には燦々と降り注ぐようなイメージがあります。

「日差し」と「陽射し」の違いとは?(Fragments)

 

これには確かに、私も同感です。何を隠そうノートルダムの鐘の物語はパリの冬が舞台です!

英語版でも確認出来る通り「1482年1月6日の朝」とナレーションされていますね。

 

On the Morning of January 6th, 1482

―ミュージカル “The Hunchback of Notre Dame” より “The Bells of Notre Dame”

 

また「陽射し」は「日差し」に比べると、日の光の規模が大きい

先程もお伝えした通り、カジモドを包み込むようなそんな大きな太陽の光のため、規模的に考えても「陽射し」の方がしっくりきます。

 

 

sunlightとsunshine

 

これを裏付けるかのように、こんなことも書かれていました。

 

なお二つの表記を Google 翻訳で英訳してみると、次のような違いが。
日差し → sunlight
陽射し → sunshine
この違いはさきほど考えた使い分けともつながるところがあって、「そう言われてみれば、そうかもしれない」と納得させられてしまいました。なかなかやりますね、Google 翻訳。

「日差し」と「陽射し」の違いとは?(Fragments)

 

確かに、sunlight というのは物質的で規模が小さいものを指しますね。

しかし sunshine からは太陽自体が大きく温かく輝いている、という印象を受けるでしょう。

いかがでしたでしょうか?

以上のことから考えると、表記も含めて「陽ざしの中へ」という翻訳は、本当に素晴らしい訳だということが分かりますね。

あくまでも考察ではありますが、これくらい深く考えて翻訳ってされているんだよということが分かって頂けると嬉しいです。

 

あきかん

それでは皆さん、良い観劇ライフを…

以上、あきかん(@performingart2)でした!

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