ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ(Hedwig and the Angry Inch)』より “Wig In A Box” の英語歌詞を見てみると、ヘドウィグが決断した生き方が見えてきます。
決断するまでの生活と、どのように日々の辛さを受け流してきたか見ていきましょう。
※こちらの記事をお読みいただくと、より理解が深まります。是非、事前にお読みください!
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ヘドウィグの日常
“Wig In A Box” は、夫であるアメリカ軍人・ルーサーと結婚1周年で離婚したヘドウィグが歌う曲で、生活していかなければいけない辛い現実を歌っています。
辛い現実を軽やかに歌うことで、その現実味が重くのしかる1曲です。
“Wig In A Box” とは「箱に入ったかつら」の意味で、かつらが自分にもたらした変化が歌われています。
まずは離婚直後のヘドウィグの様子です。
On nights like this
When the world’s a bit amiss
And the lights go down across the trailer park
I get down, I feel had
I feel on the verge of going mad
And then it’s time to punch the clockI put on some make-up
And turn on the tape deck
And put the wig back on my head
Suddenly I’m Miss Midwest Midnight checkout queen
Until I head home
And I put myself to bed―ブロードウェイミュージカル“Hedwig and the Angry Inch”より “Wig In A Box”(作詞:Stephen Trask)
意味はこうです。
- こんな夜には
- 物事が順調にいかず
- トレーラー・パークの反対側の電気が徐々に消えていく時
- 失望し、気が狂う寸前まで来ている感じだった
- すると出勤する時間になるの
- メイクして
- カセットテープを再生して
- かつらをかぶるの
- すると私はたちまち「中西部深夜レジ打ちの女王」に
- 私が帰宅してベッドに戻るまでは
「トレーラー・パーク」は馴染みのないフレーズですが、次のような意味があります。
- trailer park … トレーラーハウス(トレーラーで移動できる形の家)をとめて生活できるようにした場所のこと。公園ではない。
- trailer park trash … 【米俗・軽蔑的】(トレーラー・パークに住む)貧乏人
映画を観ると分かりやすいですが、ルーサーとヘドウィグはトレーラーハウスに住んでおり、決して安定した生活ではなかったことが分かります。
ヘドウィグが道の反対側を見ると、住民が眠りにつくため、住居の明かりが徐々に電気が消えていきます。
この時間帯が、ヘドウィグの出勤時間だというわけです。
“Miss Midwest Midnight”は皮肉に満ちており「ジャンクション・シティで深夜にお店でレジ打ちする自分」を劇的に表現しています。
自分を振り返るヘドウィグ
ロックスターを夢見て、自由を求めて旧東ドイツから渡米してきたのに、夫に捨てられこんなありさま。
そんなヘドウィグは自身の過去を振り返ります。
I look back on where I’m from
Look at the woman I’ve become
And the strangest things seem suddenly routine
I look up from my Vermouth on the rocks
A gift wrapped wig still in the box
Of towering velveteenI put on some make-up
Some Lavern Baker
And pull the wig down from the shelf
Suddenly I’m Miss Beehive 1963
Until I wake up
And I turn back to myself―ブロードウェイミュージカル“Hedwig and the Angry Inch”より “Wig In A Box”(作詞:Stephen Trask)
意味はこうです。
- 私がどこから来たのか振り返ってみる
- 私がどんな女性になったか見てご覧なさい
- 不思議な出来事はすぐ日常になって
- ロックのヴェルモットから見上げる
- ヴェルベットでラッピングされたままの
- かつらのプレゼントの山を
- メイクをして
- ラヴァーン・ベイカーを聴いて
- かつらを棚から取り出す
- するとたちまち「1963年・ハチの巣の女王」
- 私が目を覚まして、自分に戻るまでは
箱に入ったままのかつらとは、今までルーサーが貢いできたものでしょう。
愛に満たされると信じてリスクをおかしてここまで来たのに、描いていた理想とはかけ離れた現実に、ヘドウィグはお酒の力を頼りに、日々をやり過ごします。
ちなみにラヴァーン・ベイカーとは、50年代のR&Bを代表する女性シンガーです。
過去を振り返りながら、箱に入ったかつらを1つずつかつらをかぶりながら、色んな自分に化けてみる。
その例に挙げられている1人がファラ・フォーセット(Miss Farrah Fawcett )です。
ファラ・レニ・フォーセット(Farrah Leni Fawcett, 1947年2月2日 – 2009年6月25日[1] [2] )は、アメリカ合衆国の女優・モデルである。フォーセットは1970年代のポップ・カルチャーの肖像、およびセックスシンボルとして有名であり、1980年代のファッションとポップ・カルチャーに大きな影響を与えた。
―ファラ・フォーセット(wikipedia)
美しい顔立ちと魅力的なヘアスタイルのフォーセットと、自身を重ねている様子が分かります。
もう振り返らない
辛い過去と、淡く夢見る未来との狭間に立たされたヘドウィグは、あらゆる種類のヘアカットを叫びながら、自分自身と自分の生き方見つけ出そうとしていきます。
- shag … シャグ/長さが顎から肩位までの短いカット
- bi-level … バイレベル/トップに短い段になっていて、後ろ側が長いカット
- bob … ボブ/首の後ろあたりの長さで切り揃えたヘアスタイル
- Dorothy Hamill … ハミルカット/フィギュアスケート選手ドロシー・ハミルに由来するヘアスタイル
ドロシー・ハミルとは人気フィギュアスケート選手で、彼女のヘアカットは当時大流行したそうです。
19歳という若さで金メダルを取ったドロシー・ハミルは、その美しい容姿で世界的に人気となります。彼女のヘアスタイルは、リンクのうえで彼女が舞うとフワっと髪がなびき、着氷したときにヘアは乱れることなくおさまっていました。オリンピックのときのドロシー・ハミルの髪型が美しいと評判になったことから「ハミルカット」と名づけられ、日本でも大流行したのです。
この「ハミルカット」を考案したのは、なんと日本人だったのです。1970年代に活躍した伝説のカリスマ美容師であった須賀勇介さんが、「ハミルカット」をつくりあげました。
須賀さんは日本のみならず、海外でも活躍した世界的ヘアスタイリストのひとり。黒柳徹子さんの「タマネギヘア」を考案したのも、須賀さんだったのです。
そして、気に入らないタイプの髪型を挙げながら、まるでヘアセットが上手くいかなかったことに苛立つように、「こうなったのは全てあんたのせい(it’s all because of you)」と叫び、非難します。
- Sausage curls … ソーセージカール/太いソーセージ形の巻き毛
- chicken wings … ウィングス/ウェーブがかかっており、髪を跳ね上げて飛行機の翼のようにまっすぐに伸ばすスタイル
- Flip … ハネ毛
- fro … アフロ
- frizz … 縮れ毛
- flop … 大失敗
最後の歌詞を見てみましょう
Suddenly I’m this punk rock star of stage and screen
And I ain’t never
I’m never turning back!―ブロードウェイミュージカル“Hedwig and the Angry Inch”より “Wig In A Box”(作詞:Stephen Trask)
意味はこうです。
- するとたちまち私はこのパンクロックのスターに
- そして私は、もう二度と振り返らない
“Wig In A Box” で歌われる「色んなかつらを試すこと」とは、「色んな生き方を試すことの象徴」だと解釈しています。
そしてヘドウィグはようやく、自分の生き方を見つけました。それが、パンクロック(技術よりも熱量で演奏する)だったのです。
ヘドウィグは過去を振り返らず、現状を嘆くことなく生きることを決めたのだと分かります。
それでは皆さん、良い観劇ライフを…
以上、あきかん(@performingart2)でした!
こんにちは!
ミュージカル考察ブロガー、あきかん(@performingart2)です。