『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』で押さえておくべき3つのこと

あきかん

こんにちは!

ミュージカル考察ブロガー、あきかん(@performingart2)です。

ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ(Hedwig and the Angry Inch)』好きの中には「テーマ性が深くて、いまいち要点を押さえられない」という方がいらっしゃるのではないでしょうか?

本記事では『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』が初観賞の方にも、ポイントを知った上で観賞できるように、物語の展開で押さえるべきポイント3つを紹介致します。

ポイントを押さえ、ヘドウィグの苦悩自分を受け入れる過程を劇場で見届けましょう。

『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の解説・考察本を執筆しました!

ヘドウィグが探し求めた「カタワレ」とは?何故「ベルリンの壁」が登場するのか?「愛の起源」を解説しながら、ミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の中毒性に迫る考察本。

台本と映画を踏まえてながら、プラトンの『饗宴』に影響を受けた「愛の起源」、ドイツの歴史、旧約聖書「アダムとイヴ」の3つの視点から作品に切り込んだ1冊。

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あらすじ

 

全米を旅するヘドウィグは、売れないロック歌手

共産主義体制下の東ドイツで生まれた少年だが、ある日アメリカ軍人ルーサーと恋に落ち、結婚して渡米するために、性別適合手術を受ける。

しかし手術は失敗し、股間に1インチ(約2.5センチ)の手術痕が残ってしまう。

母親からパスポートと「ヘドウィグ」という名前をもらい渡米した2人だが、最初の結婚記念日に、夫・ルーサーはヘドウィッグの元を去ってしまう。

この日は同時に「ベルリンの壁崩壊の日」でもあった。

幼いころからロック歌手になる夢を思い起こしたヘドウィグがアルバイトをしながら活動を続けていると、同じくロックスターに憧れる17歳のトミーと出会う。

トミーよりも年上のヘドウィグは誰よりもトミーを愛し、ロックの全てを注ぎ込むが、手術痕がバレて別れることに。

そして、トミーは2人で作曲した曲を全て盗んで人気絶頂のロックスターになってしまう。

ヘドウィグは、2人目の夫・イツハクを含めた自分のバンド「アングリー・インチ」を引き連れ、トミーの全米コンサートを追いかけながら愛を探し求める

 

ヘドウィグとはどういう人物なのか

身体的に男女のいずれでもない存在

 

ヘドウィグは、その存在自体がとても複雑です。

もとは、共産主義体制下の東ドイツで生まれた少年でした。

 

  • 本名:ハンセル・シュミット(Hansel Schmidt)
  • 身体:男性
  • 出生:旧東ドイツ

 

しかし成長する過程で自身がゲイであることを自覚し、アメリカ軍人ルーサーと恋に落ちると、結婚して渡米することを決意します。

母親からパスポートと「ヘドウィグ」という名前をもらい、性別適合手術を受けることで身体的にも女性になる予定でしたが、手術は失敗に終わり、手術後の「ヘドウィグ」とは次のような存在になります。

 

  • 改名:ヘドウィグ・ロビンソン(Hedwig Robinson)
  • 身体:股間に1インチの手術痕が残った、男女のいずれとも言い難い身体
  • 居住:アメリカ

 

ハンセルと母親の顔が似ていたことから、性別適合手術をすれば母親のパスポートを使って渡米できる…という母親の発想がきっかけでしたが、この「手術痕」がヘドウィグを悩ます種となり、またヘドウィグたらしめる象徴となっています。

この類まれな存在が『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の主人公なのです。

 

股間に残った「アングリーインチ」とは何か

 

アングリーインチ(angry inch)とは、手術痕を指すフレーズです。

具体的には「中途半端に残ってしまった男性器」を指しています。

日本語に訳せば「怒りの1インチ」ですが、「怒りの」と付いている理由は、ヘドウィグがこの手術痕に振り回されることが多いからでしょう。

愛した相手に拒絶されるきっかけとなるばかりか、まともにセックスすることさえ出来ない

こういったことの全ての「葛藤」が、アングリーという一言で表現されていると言えます。

 

「愛の起源」とは何か

 

『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』において重要なテーマとなっているのが「愛の起源」です。

ミュージカルに登場する曲 “The Origin of Love” が訳されたものですが、これは哲学者プラトンの『饗宴』で、古代アテナイの喜劇詩人・風刺詩人アリストパネス(アリストファネス)が「人間の本性(原形)とその経緯」について演説する内容が元となっています。

 

 

この考え方をヘドウィグが持っていることから『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』では「愛のカタワレ」を探し求める描写が度々見受けられます。

「愛の起源」について詳しく見ていきましょう。

 

原始時代における人間の原形

 

アリストパネスによると、人間の原形は次のようなものだと語られています。

 

  • 人間の性には3種あった … 男女に加えて、両者の要素を持ち合わせた性が存在していた
  • 人間の姿は球状だった … 背と脇腹が周囲にあり、4本の手、4本の脚、2つの顔があった。背中合わせの2つの顔に、1つの頭蓋、4つの耳と、性器が2つ。

 

このような原形であった人間は「性器が2つあったこと」から3つの組み合わせがあり、次から生まれたものだとされています。

 

  1. 男性×男性 … 太陽から生まれたもの
  2. 女性×女性 … 地球から生まれたもの
  3. 男性×女性 … 月から生まれたもの

 

身体が球状なのもそれぞれの親に似たからだということですが、人間はこの形状で直立し、欲するままに動き回ることが出来たため、恐ろしいまでの力と強さを手に入れた頃には神々に抵抗するようになりました。

そこでゼウスをはじめとする神々は、球状の人間を縦半分に切り裂くことにします。

こうして出来たのが現在の人間の姿(1つの頭蓋、顔、性器)です。

切り裂かれた背中の部分は皮膚を伸ばした結果、皺となってお腹に残っているとのこと。

これが「へそ」で、人間が2度と神々を冒涜しないための戒めとして残っており、もし再び逆らえば、更に2つに切り裂かれることになっています。

 

 

「カタワレ」を求め続ける人間

 

2つに切り裂かれてしまった人間は、再び1つに戻ろうとカタワレを求め続けます

1つになる欲望を抱擁で満たそうとするものの、離れていては働く気にもなれず、飢えと一般的活動不能のために人間は次々と滅びていってしまいました。

これを憐れんだゼウスは、人間の性器を前に置き換えることで「生産(妊娠、子孫を残すこと)」ができるような身体にし、次のようなことが可能になりました。

 

  • 男性と女性が出会った場合、その喜びに抱擁し、セックスをすることで妊娠ができるようにした
  • 男性が男性と出会った場合、その喜びに抱擁し、欲を鎮めて、日常生活に戻ることができるようにした

 

これらのことが「愛の起源(愛の原点)」であると、アリストファネスは主張しています。

アリストファネスの愛に関する演説が、何故ヘドウィグにとって重要なのかを考えると「カタワレ」と「セックス」という2つの言葉が浮かび上がります。

女性という存在を貫きながらも、手術痕の存在によって愛するカタワレに対してどこか距離をとってしまい、抱擁の先にある愛の行為・セックスに達する時、ヘドウィグという存在が全面的に拒絶されてしまうことを恐れるのです。

私を愛するならば、私の股間も愛してよ」というヘドウィグの台詞には、複雑に絡み合った感情がこもっていることが分かります。

 

「ベルリンの壁」の重要性

 

ここまでのプロットであれば、主人公・ヘドウィグが旧東ドイツ以外の出身でも何ら違和感はありません。

しかし、ヘドウィグが旧東ドイツ出身であることに大きな意味があります。

ベルリンの壁とは1961年から1989年までベルリン市内に存在し、1989年11月9日に崩壊された壁のことです。

1945年5月8日、第二次世界大戦の第二次世界大戦のヨーロッパ戦線がドイツの無条件降伏により終わり、ポツダム協定でドイツはイギリス・アメリカ合衆国・フランス・ソ連の戦勝4か国により分割占領されますが、結果的に次のように分割されます。

 

  • 自由主義陣営に属するドイツ連邦共和国(西ドイツ):イギリス、アメリカ合衆国、フランス
  • 社会主義陣営に属するドイツ民主共和国(東ドイツ):ソ連

 

自由を求めた人々が東から西へ流出したことが東ドイツに深刻な影響を及ぼしたため、通行を遮断すべく、壁が築かれています

この壁は東ドイツの住民に「強制」を強いる象徴であり、国を離れようとする人々を暴力で押し付けていることを意味すると同時に、住民にとっては東ドイツを離れることのできない不自由な運命を意味することとなりました。

ヘドウィグの母親は自主的に東ドイツに残ることを決めた人物でしたが、壁を超えようとすれば無慈悲に射殺されるような環境下にあったことを考えれば「性別適合手術を受けて結婚をする」ことでもしなければ自由を手に入れられない…と考えることは、非常に筋の通った話だと理解できます。

また、映画ではベルリンの壁付近でアメリカ軍人・ルーサーと出会うことも重要で、ロックスターになりたいと夢見ていたヘドウィグにとっては天使のように見えたに違いありません。

そして最も重要な役割は、壁は2つの存在の間に立つものだということ。つまり、壁がなければ「東」「西」という概念を持てなくなります。

この意味に重ねるように、ヘドウィグは自分自身を「男」と「女」中間に立つものだと自らを表現し “Tear Me Down” では「私がいなければ、あなたは自分を男とも女とも認識できないのよ?」と挑発的に歌っています。

 

いかがでしたか?

ヘドウィッグ愛の起源ベルリンの壁の関係性を理解頂けましたでしょうか?

この3点を押さえられれば、物語の展開はもちろん、曲の理解も深まります。引き続き、曲も併せて考察していきましょう!

あきかん

それでは皆さん、良い観劇ライフを…

以上、あきかん(@performingart2)でした!

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