ミュージカル『キンキーブーツ』より “Not My Father’s Son” の英語歌詞を見てみると、父親の期待に応えられなかった息子・サイモン(ローラ)の気持ちが歌われていることが分かります。
ローラにとって父親とはどんな存在だったのか。そして、ローラにとって自分とは何か。英語歌詞を見ながら考えていきましょう。
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ローラが努力してきたこと
この曲名 “Not My Father’s Son” は、直訳すると「私は父の息子ではない」という意味です。
しかしよく考えれば矛盾していますよね?「私の父親」なのに「息子ではない」なんて…。
この曲は父親の期待に応えられなかった息子(自分)を歌っているので、私はあなたの望んだような息子ではないというのが本来の意味になります。
ローラの父親は真面目で固定観念の強い人。
幼い頃からハイヒールに興味を持つような息子を、正面から受け止めようとはしませんでした。
そんな背景から歌われるのがこの歌い出しです。
When I was just a kid
Everything I did, was to be like him
Under my skin
My father always thought
If I was strong and fought
Not like some albatross, I’d begin
To fit in―ブロードウェイミュージカル“Kinky Boots”より “Not My Father’s Son”(作詞:Cyndi Lauper)
「幼い頃、自分がした全てのことは中身まで全部彼(父親)のようになることだった」と歌われていることから、ローラは父親に近づこうと努力していたことが伺えます。
そして、父親は常にローラには「心配の種などではなく、強く立ち向かっていくような人間であって欲しい」と思っていました。
心配の種はここで “albatross” と表現されています。”albatross” とは「アホウドリ」のことですが、次のような意味もあるんですね。
- albatross … 心配のもと
しかし、ローラにとって父親のようになることは苦痛なことでした。
Look at me powerless and holding my breath
Trying hard to repress what scared him to death
It was not that easy to be his type of man
To breathe freely was not in his plan
And the best part of me
Is what he wouldn’t see―ブロードウェイミュージカル“Kinky Boots”より “Not My Father’s Son”(作詞:Cyndi Lauper)
それは、次の単語から分かります。
- powerless … 無力
- holding my breath … 息を潜める
- repress … こらえていた
また同時に、父親にとってもローラを理解してもらうことも難しかった。
「自分の最高の長所だと言える部分は/彼(父親)が見ようとしない部分だった(And the best part of me/Is what he wouldn’t see)」は、心に痛く刺さりますね。
スパルタとヨブの話
では父親は、具体的にローラにどのようになって欲しかったのか…。
それが分かるのが色付き部分の歌詞です。(引用の色付きは、あきかんによる。)
I’m not my fathers son
I’m not the image of what he dreamed of
With the strength of Sparta and the patience of Job
Still couldn’t be the one
To echo what he’d done
And mirror what was not in me―ブロードウェイミュージカル“Kinky Boots”より “Not My Father’s Son”(作詞:Cyndi Lauper)
意味はこうなります。
- With the strength of Sparta and the patience of job … スパルタの強さと、ヨブのような忍耐をもって
では、スパルタとヨブとは何なのでしょうか?
スパルタのように「強く」
スパルタとは、古代ギリシアの都市国家です。
厳格な教育制度があったことから、特にその厳しさが注目され、そのような教育法を「スパルタ教育」などと言ったりします。(引用の色付きは、あきかんによる。)
古代ギリシア世界で最強の重装歩兵軍を誇り、ペルシア戦争ではギリシア軍の主力であった。ペロポネソス同盟の盟主となり、アテナイを破って一時期はギリシア世界に覇を唱えた。他のギリシャ諸都市とは異なる国家制度を有しており、特に軍国主義的政治と尚武を尊ぶ厳格な教育制度は「スパルタ式」と後世に呼ばれ、「スパルタ教育」の語源ともなった。
―スパルタ(wikipedia)
次の引用を読んで頂いてもお分かりいただける通り、とにかく「強さ、厳しさ」といった点を最重要視するのがスパルタです。
そのため、ローラの父親が求めていた「スパルタの強さ」というのは、肉体的強さ、過酷な状況を乗り切ることのできる強さを指していると捉えられます。
スパルタでは、兵力増強の観点から子供は国の財産とみなされていた。同国の子供は7歳になると厳しい軍事訓練を課せられた。アテナイの、自由で芸術や弁論を尊重した教育の対極にある。(中略)そこではまず、親は自分の子供を自由に育てる権利を持っていなかった。「子供は都市国家スパルタのもの」とされ、生まれた子供はすぐに長老の元に連れて行かれた。そこで「健康でしっかりした子」と判定されれば、育てることが許される。病身でひ弱な子供は、ターユゲトンのもとにあるアポテタイの淵に投げ捨てられた。
―スパルタ教育(wikipedia)
ちなみに、スパルタと対極にあるのが古代ギリシアの都市国家アテナイです。(引用の色付きは、あきかんによる。)
上流階層の男性は7歳になると、私学に通って読み書き、計算、体育、音楽を修得した。成人すれば戦争や民会などに参加し、平時にはアゴラ(αγορά)に集って体育に汗を流した。女性の地位は低く、家庭内の仕事や家内産業に従事し15歳位で親が決めた30歳位の男性と結婚した。(中略)ギリシア各地から学者、芸術家が集まり文化の花が開き、ギリシア哲学のソクラテス、プラトン、アリストテレス、劇作家のアイスキュロス、ソポクレス、エウリピデス(→ギリシャ悲劇)、アリストパネス(→ギリシャ喜劇)、彫刻家のペイディアス、歴史家のトゥキディデス、著述家のクセノポンらが輩出した。
―アテナイ(wikipedia)
私が大学でギリシャ悲劇を勉強していた時に聞いた話ですが、アテナイとスパルタ考え方が真逆だと分かるエピソードがあります。
同じ悲劇をそれぞれで上演する場合の演出方法が異なったそうで、人が亡くなるシーンをそれぞれの国家では次のように演出したそうですよ。
- アテナイ:舞台袖で大声をあげることで、観客に登場人物が亡くなったことを知らせる
- スパルタ:奴隷を舞台から実際に突き落とし死なせることで、観客に登場人物が亡くなったことを知らせる
ヨブのように「忍耐強く」
一方のヨブはどうでしょうか?
ヨブというのは「忍耐」を代名詞に持つ人物と言っても過言ではない、旧約聖書の登場人物です。
ヨブ (ヘブライ語: אִיּוֹב ‘Iyyov、ギリシア語: Ιώβ Iob、 アラビア語: أيّوب , Ayyūb) は、旧約聖書の『ヨブ記』の主人公。多くの忍耐の中で神への信仰を貫いた人物として書かれる。
―ヨブ(wikipedia)
詳しい内容は『ヨブ記』を読んで頂きたいのですが、神に見放されたと感じてもなお信仰を貫いたのがヨブです。
精神面でも強くあって欲しい…というのが、ローラの父親の願いだったんですね。
ローラの見つけた自分らしい生き方
こういう重圧を押しのけて見つけた生き方がドラァグ・クイーンとしての人生でした。
So I jumped in my dreams and found an escape
Maybe I went to extremes of leather and lace
But the world seems brighter 6 inches off the ground
And the air seemed lighter
I was profound and I felt so proud
Just to live out loud―ブロードウェイミュージカル“Kinky Boots”より “Not My Father’s Son”(作詞:Cyndi Lauper)
特にこのパートが良いですね。
- But the world seems brighter 6 inches off the ground … でも、世界は輝いて見えた、地面より6インチ高いところでは
- And the air seemed lighter … そして、空気も軽く感じたの
つまり、ローラは ハイヒールを履いた…ということ。
それは物理的にも心理的にも新しい世界、自分が生き生きとしていられる世界だったんですね。
期待の裏腹に…
このパートでは、ローラに限らず誰にでも当てはまることが歌われているなと感じます。(引用の色付きは、あきかんによる。)
The endless story of expectations wiring inside my mind
Wore me down
I came to a realization and I found a way to turn it around
To see
That I could just be me―ブロードウェイミュージカル“Kinky Boots”より “Not My Father’s Son”(作詞:Cyndi Lauper)
特に色付き部分の「終わりのない物語の期待話しは、心の中で絡み合い、自分をすり減らしていく」は、誰しもが心のどこかで抱いている気持ちではないでしょうか。
最後にローラが言うこのフレーズ。
- We’re the same, Charlie boy, you and me … 私達は同じよ、チャーリー、あなたと私は
- Charlie from North Hampton meets Simon from Clacton … ノーサンプトン出身のチャーリーは、クラクトン出身のサイモンに出会う
最後の最後に、ローラが自分の本名を名乗りチャーリーと向き合うローラが素敵ですね。
こうして2人は本格的にブーツを作り始めます。
それでは皆さん、良い観劇ライフを…
以上、あきかん(@performingart2)でした!
こんにちは!
ミュージカル考察ブロガー、あきかん(@performingart2)です。